刻の彼方-現代篇・通ずるもの-


二人が初めて出会った日の翌朝…
弦狼の家の玄関の前に立っている二人。
「昨日は本当、ありがとうございました」
深々とお辞儀をする優。
「いや、気をつけて帰りなさい」
弦狼がドアを開ける…

「あ…」
玄関から出ようとした優が何かを思い出したかの様な素振りを見せた。
「あの…もし弦狼が良かったら…これを…」
そう言いながら差し出したのは、一枚の紙切れだった。
「なんだこれ?」
弦狼が紙を開くと…
数字の羅列…電話番号だろうか…
その下には英数字の羅列もある。
「僕の携帯の番号と、メールアドレスです。もし良かったら登録してください」
そう言うと優は深々と一礼し、その場を後にした。

優が去った後、弦狼はポケットから一枚の紙を出した…
「俺がしようとした事をされた か」
自らのポケットから取り出した紙切れをグシャグシャにしながら、弦狼は呟いていた…


-数日後-

ここは優の部屋…
一人パソコンに向かい、何か調べ事らしき事をしている最中…
"ビビビビビ…"
部屋に鳴り響く電子音…
その音に気づくと、優は音のする方へと向かい、音の出ている電話らしき機械を持った…
「もしもし…」
機械を耳に当てる優。
『もしもし…優か?』
電話から聞こえる声…優は直ぐに声の主が分った様子で…
「弦狼…?」
と優は不安そうな声で電話の主の名を出した。
『ああ俺だ。今…少し時間あるか?』
「うん」
弦狼の問いに優は答える。
『今、近くまで来ているんだけれど、もし優が良かったら…今から会えないか?』
優は弦狼の言葉に少し驚きながらも
「うん!スグ支度して行くよ」
電話を切り、嬉しさを隠しながら身支度を整え、優は電話で弦狼に言われた場所に向かった。



優の家から徒歩数分の所にあるコーヒーショップ…
その店にあるカフェテラスに弦狼は座っていた。
「おい!こっちだ!」
通りを歩いている優の姿を見つけると、弦狼は椅子から立ち上がり、手を挙げ優を呼んだ。
優も直ぐに弦狼の姿を見つけ、彼の元へと走り出した。
「ど…どうしたんですか…?こんな何も無い所に…」
息も絶え絶えで優は弦狼に問う。
「あぁ、今日はこっちの方に用事があってな…用事を済ませたら、優に会いたくなって電話したんだが…マズかったか?」
少し不安そうに弦狼は答えた。
「ううん、今日は仕事が休みだったし、ずっと弦狼に会いたくて仕方なかったんだ」
その時、二人は少し笑い…
「何か頼むか?」
弦狼は店内を指差した。
「うん、弦狼も何か要る?」
弦狼の前に置いてあるカップの中身は殆ど残ってない。
「そうだな。一緒に行くか!」

店内で飲み物を購入し、再び元の席へと戻ってきた二人。
「さて…これから何処か行きたい所はあるか?」
コーヒーを飲みつつ弦狼は優に、これからの事を聞いた…
「う〜ん…あるにはあるんだけれど…」
少し迷っている様子の優。
「どこなんだい?言うだけ言ってみな」
「さっき、家で調べてたんだけれど…朝日区にある東京江戸博物館って言う所なんだ」
先程パソコンの前で調べていた事…それは、優が弦狼と出会った頃から興味が出てきた江戸時代の歴史
「俺の家からだったら近いけれど…う〜ん…ここからだと少し遠いなぁ…」
「そうなんですよねぇ…」
弦狼の言葉に優は少し落ち込んでいる様子。

「そうだ!優は明日は何か用事はあるか?」
少しの間黙っていた二人だったが、弦狼はある考えを思いついた。
「えっと…明日はこれと言って、用事も仕事も無いけど…」
弦狼の問いに、優は素直に答えた。
「そうか、もし優が良かったら、泊まりで家に来ないか?そうしたら明日行けるしな」
「うん!やった♪」
子供の様に無邪気に喜ぶ優を、弦狼は微笑みを浮かべながら見ていた。


「あ、もし弦狼が良かったら、家に来る?準備したい物もあるし」
コーヒーショップを出て、通りに出た時、優は少し嬉しそうに弦狼に話した。
「えっ!?いいのか?行っても」
弦狼は思っても見なかった事なのか、少し戸惑っている様に見えた。
「僕は大歓迎だよ!この前のお礼もしたいしね」

「意外と近かったんだな…走ってくる必要なかったのに」
とあるマンションの一室の前に立っている二人。
「うん!でも…何故か早く弦狼に会いたくて走って行ってたんだ」
ドアの横にある赤く光るLock(旋錠)ランプが緑色のUnLock(解錠)ランプに切り替わる。
「さぁ!どうぞ〜♪」
優に言われるがまま、中に入ると…暖簾や和紙製のフロアスタンド等、弦狼にとってどこか懐かしい感じのする家具が揃っていた。
「凄いな…全部、優一人で揃えたのか?!」
「うん、子供の頃からこういう『和』が好きで、ずっと集めてたんだ♪」
確かに『今っぽい』の匂いのする家具は、パソコンやテレビ以外殆ど見当たらない。
「床は本物の畳なのか?」
ふと、床に目を降ろした弦狼はフローリングではなく、畳が敷き詰められている事に気がついた。
部屋に入った時は家具ばかりに目が行き、匂いまで気づかなかったが、部屋中にイグサの匂いが仄かに漂っている。
「ううん、元はフローリングなんだけど、敷き畳をフローリングの上から乗せたんだ」
出かける支度を整えながら、優は弦狼の質問に楽しく答えていた。

「よし!準備できた♪」
小さめのリュックを背負い、優は意気揚々としている。
「じゃぁ行くかっ!」


エアートレインを乗り継ぎ、弦狼の家から近い駅で降りる。
「そういえば…あの時は、何でこんな所まで来ていたんだ?」
弦狼は思い出した事を聞いてきた。
「あの時って…初めて弦狼に会った日?」
「ああ、そうだ」
優は暫く黙り…
「確か、あの日は眠れなくて…散歩しようと思って、日付変わる前にエアートレイン乗って…何となく降りた駅がココだったんだ」
「何となく?」
「うん。何だか『この駅で降りなきゃ』って気がして ね」

そんな話をしてながら、弦狼の家に着いた二人。
中に入り、優は荷物を降ろし、弦狼は台所へ向かった。
「何か飲むか?…と言ってもお茶しか無いんだが…」
台所の方から弦狼の声がした。
「僕、お茶好きだから、その方がイイな」
「そうか!俺も好きなんだよ」
暫くすると、日本茶と団子が優の前に出てきた。
「あいにく、ウチにあるのはコレしか無くてな」
団子が出てきた瞬間、優は何故か嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「大丈夫!僕、こういう物大好物なんだ♪」
その言葉を聞いた弦狼は、胸を撫で下ろした。


お茶をすすりながら、二人は他愛のない会話をしてる。
「じゃぁ、子供の時から大人しい子だったんだねぇ」
「ああ、友達とはそんなに遊ばなかったしな」
「僕もそうだった!なんか、似てるね。僕達って!」
二人は笑いながら雑談を繰り広げていた。


日が暮れ、二人は近くのコンビニ弁当を買って食べた。
「スマンな…言い出した割には何も準備してなくて…」
シュンと尻尾を垂らし、弦狼が言った。
「ううん、大丈夫!明日、僕が何か作るよ♪」
優は何も気にしていないかの様に、弦狼に笑顔を向けた。
「そうか!実は俺…料理は全くダメなんだ」
尻尾をゆっくりと振りながらも、少し恥ずかしそうに頬を掻く弦狼
「そうなんだ〜。少し意外だなぁ」
「まぁ…幸いな事にこの辺はコンビニは多いからな。飽きる事は無いんだ」
「ハハハハ、でもそんなんじゃ、栄養偏っちゃうよ〜」

弁当を食べ終えると、弦狼は優をベッドルームに案内した。
部屋にはセミダブルのベッド。その横にサイドテーブルが置いてあるだけのシンプルな部屋だ。
「じゃぁ、明日早いからな」
優がベッドに横になると、弦狼はリビングの方に戻ろうとした。
「えっ!?弦狼も一緒に寝ないの?」
優が声をかけると、弦狼は足を止める。
「一緒に寝ても…いいのか?…狭くなるぞ?」
「僕は大丈夫。弦狼さえ良ければ ね」


普段より少し狭くなったベッドで、二人は並んで眠りについた。