刻の彼方-現代篇・二度目の序章-

あれから約二百年の時が流れた西暦2065年…秋の東京
時代は…身分差別が無くなり、同性愛は世間に受け入れられつつあった。


都心の一角が始まりの地…
河原の土手を歩く一人の熊族の青年。
その青年は、足を止めふと空を見上げた…
見上げた空には、オレンジから赤へグラデーションの様な色が広がっている。
そして、その空に浮かぶ鮮やかな空色に染まったウロコ雲。
「うわぁ〜キレイな空だなぁ〜〜」
感嘆の声を上げ、青年は鼻歌混じりで笑みを浮かべながら紙袋片手に土手を歩いて行った。

一方、別な場所では…
エアートレインに乗っている狼族の青年…
サラリーマンだろうか…スーツを身にまとい、手には皮製の鞄を提げている。
地下を走っていたエアートレインが地上へ出る。
そこには、夕焼け色に染まったオレンジ色の建物が広がっていた。
「やっと明日は休みだ…晴れると良いな…」
心の中でそう思いながら、青年は家路を辿っていた。

同日、日が沈むと辺りは暗くなり、人工の光が街を包んだ。
天には満月が昇っているが、人工の光で殆ど見えなくなっている。
狼族の青年がコンビニ帰りだろうか…手に弁当をぶら提げながら家へと向かっていた。
人気の無い路地を通ろうとした時…
「おい!早く出せって!!」
誰も居ないであろう路地から、怒鳴り声が聞こえてきた。
声は複数聞こえ、恐らく二〜三人位だろうか…
ガシャン!!ガタガタ…
ガラスが割れ、何かが崩れる音が聞こえた
「なんか…嫌な予感がするな…」
青年は音のした方向へ入っていった。

音の出た所から少し離れた所で彼が目にした光景は…
「おい!さっさとしろって!金出せって!」
狼族の彼と同い年位の太った熊族の青年が、複数の不良と見られる男達から金を要求されている所だ。
「お…お金なんか持って無いですよ…」
弱々しく話すその声…
「んな見え見えの嘘付くなっつーの!!」
バキッ
「ゴフッ…」
熊族の青年は殴られ…既に彼の口や鼻から大量の血が流れている。
不良の一人がポケットから鈍く光る物を取り出したのを、狼族の青年は見ていた。
それは、ナイフだった…
「おいおい、それはマズくねぇ?」
別な不良が言う…
「ちょっと試してみたくてね〜…コイツの切れ味」
ナイフを持った彼の目は、完全にイッた目をしている。
「おい!待て!」
狼族の青年は、彼らの元へ走って行き…ナイフを持っている腕を思いっきり掴んだ。
「なんだ!?オメーは!」
掴んだその手に力が入る…
「痛てててて……!!!」
メシメシ…
不良の腕から何かが砕けそうな音が微かに聞こえる。
すると、ナイフを掴んでいた手が緩み、ナイフが地面へ落ちると狼族の青年は手を離した。
「テメー…な…何しやがる!」
掴まれた腕を抑えながら、不良は狼族の青年に怒鳴りつけた。
「正義の…味方 さ」
少しぎこちなく青年は答えた。
「何寝ぼけた事、抜かしてるんだっつーの!」
不良達は一斉に青年へ飛びかかる。
その時、熊族の青年が目を閉じる…
彼の耳には殴る音や何かが派手に倒れる音しか聞こえない…

やがて…音が止むと、熊族の青年は恐る恐る目を開けた。
すると、彼の目の前に居た不良は既に居なく、ただ狼族の青年が立っていただけだ。
青年は熊族の彼の方へ近づいて行く…
「あ…あ…」
熊族の青年は言葉にならない声を上げていると…
「大丈夫か?もうヤツらは居ないぞ」
熊族の青年へ手を差し伸べる狼族の青年…
彼の着ている服には血や泥がべっとりと付き、所々服も破れている。
「え…えぇ、なんとか…」
熊族の青年の手を掴むと、彼の腕を引き立たせる…
しかし、足に力が入らないのか、直ぐに座り込んでしまった。
「ちょっと休んでから歩いて帰ります…」
自らの血を拭いながら狼族の青年に言う…
「まぁ…病院へ行く程の怪我ではなさそうだ…しかし、少し手当しないといけないな…」
狼族の青年も、自分の口元についた血を拭いながら言っている。
「もし…君が良かったら、俺の家に来るといい…多少なりとも手当は出来る筈だからな」
狼族の青年は少し迷いながらも、今会ったばかりの彼を自らの家に呼ぼうとしていた。
「えっ!?…でも僕、帰りますよ…」
「ちなみに君の家は…どこなんだ?」
「水沢区です…」
狼族の青年は自分の腕時計を見てみる…
「ここ(浅河区)からだと、その状態で歩いて帰れる距離ではないし…時間も時間だからエアートレインも無いしな」
「あの、ほ…本当に良いんですか?貴方の家に行っても…」
「俺の『家』って言っても2DKに一人暮らしだから…俺は問題ないのだが…」
「僕がどんな人か分らないのに?」
お互い初めて会った二人…しかし
「何故か分らないが…俺、前に君に会った事がある気がするんだよな…何故か大丈夫な気がして仕方が無いんだ」
「なんか…僕も…似た様な事が前にあった気がするんですよね…お言葉に甘えて…行っても良いですか?」

狼族の青年の肩を借りながら、二人は彼の家に到着した…
「ところで…名前まだ聞いてなかったな…」
「そうですね…僕、熊倉 優(くまくら まさる)って言います」
「俺は佐上 弦狼(さがみ げんろう)だ…」
佐上は家に入ると玄関に熊倉をおろす。その頃熊倉は辛うじて歩ける位になっていた。
「取り敢えず、風呂に入って体を洗った方がいいな…手当はその後だ」
「は…はい」
佐上に案内され、風呂に入る熊倉…
「代わりの服…ここに置いておくからな」
風呂のドア越しに佐上が話しかけた。
「あ…ありがとうございます」
熊倉は体についた泥を洗い落とし、風呂から出て脱衣所に…
そこにはタオルと下着や服が用意されていた。
脱衣所のドアの向こうから再び佐上が声を掛けた。
「その下着…まだ使ってないから大丈夫だからなー」
確かに下着には折っていた後が残っている。
「色々と、ありがとうございます!」
佐上が用意した服を着ると、微かに洗剤のイイ匂いがする。
服を着て、佐上の居る部屋へ入ると…
「おぉ!俺の服だけど、ピッタリだな…俺が着ると凄いブカブカなんだが…よかった」
既に佐上は部屋着に着替えていた。

「消毒するから上を脱いでくれないか?」
熊倉は頷き、上着を脱ぎ佐上に背を向けた。背中にはアザや切り傷が多かった…
佐上は熊倉の体毛をかき分け、消毒薬を傷に塗る…
「っつぅ…」消毒薬が傷に染みるのか、時折少し痛がる…
「染みるのは我慢しろ、家にはこれしかないんだから…」
「殴られた時の痛みに比べれば…我慢します〜…痛た!」
体に出来た傷口に消毒薬を塗り終える
「さぁ、次は顔だ。奴らに結構殴られたから傷だらけだな…」
二人は向き合い、熊倉の顔に薬を塗っていく…
「佐上さんの傷は大丈夫なんですか?」
熊倉がそんな事を佐上に問いかけた。
「ん?あぁ俺の傷は大した事ないから、心配しなくてもいいよ」

熊倉の傷に薬を塗り終えた佐上。
「大きな傷はこれで大丈夫だろう。ただ…このアザは自然に治るのを待つしかないな」
薬をしまいながら佐上は言っている。
「風呂に入れてくれたり、傷の手当してもらったり…本当ありがとうございます」
「いや、いいんだ。さっき『正義の味方』なんて変な事言ったけど、何故か助けないと って思ったんだ。一応護身術は身につけていたしな」
佐上は少し恥ずかしそうだ。
「最初に佐上さんが来た時…変な感覚が頭を過ったんです」
複雑な表情を浮かべながら熊倉は言った。
「なんだ?『変な感覚』って…何だ?」
熊倉は少し考えながら…
「んっと…デジャヴ…って言うんですかね…僕はそんな覚えないんですけど、以前助けてもらったって感覚…さっき僕が言った似た様な事が前にあったって言うやつです」
「ん〜…俺も似た様な感じはあったけど…怪我を負ったのは今だからなぁ…」

暫く『変な感覚』について考えていた二人だったが…
「いつまで考えていてもラチがあかないから、取り敢えず考えるのはヤメにしようか」
その時…
キューー…
何か気の抜ける様な音が部屋中に響き渡った…
「す…すみません…こんな時に…」
「い…いや、いいんだ…」
音の出所は、二人のお腹の音だった。
「何か…食べるか?」
佐上の問いかけに熊倉は頷く…
「あと…僕の事…優って呼んでもらえませんか?」
少し佐上に気にしながら優は言う…
「ああ分った。じゃぁ、俺の事も弦狼と言ってくれないか?佐上さん だと何か落ち着かなくてな…」
「はい!」
二人とも少し微笑むと、弦狼は先程買った弁当と冷蔵庫にあった残り物を温め、テーブルに並べた。
「さぁ!優、食べるか!」
「はい!弦狼、ありがとうございます…少し恥ずかしいですね、この呼び方」
耳を少し赤くしながら優は照れ笑いをした。

食事を食べた後…
「取り敢えず、今日はウチに泊まって、明日は優の家に帰りなさい」
「はい…」

確かに初対面の筈だが、お互い昔から知っている様な気がしていた。