刻の彼方-現代篇・刻の彼方へ-

前世の記憶を全て思い出した日から数週間後…
「荷物…これで全部か?」
頭にタオルを巻いた姿の藤十郎が、荷造りをしている熊兵衛に声をかける。
「うん、後はこの段ボールだけ〜」
そう言いながら封をした段ボールを重そうに持とうとする。
「手伝うよ」
すかさず藤十郎が段ボールの端を持つと、お互いの手が少し重なった。
「あっ……ありがとう」
少し頬を赤らめる熊兵衛…
その様子を見た藤十郎が微笑む。
「さて、そろそろ行くか」
二人はトラックに乗り込み、新居へと向かった。

新居へ到着し、荷下ろしをしている最中…二人の所へ歩いてくる一人の狼族。
二人が狼族の存在に気づくと、手に持っていた袋を差し出した。
「引っ越し作業お疲れ!コレ、少ないけど食べてくれよ」
その主は狼三郎だった。
「な…なんでここが分ったんだ」
敢えて狼三郎には引っ越す事を伝えなかった藤十郎は驚いた。
「なんでって…隣の部屋の人に聞いて、ココの場所を教えてもらった」
その言葉を聞いた藤十郎の中で、何かが吹っ切れた。
「お前…もう俺の前に顔出すな…」
小声で呟いた台詞に、狼三郎は我が耳を疑った。
「えっ…?」
「今まで言わなかったけどな、お前は夜中に忍び込んだりストーカーみたいな真似したりしてきたがな…その度に俺は我慢してたけど!もう我慢の限界なんだよ!今までの事も今の事も全部なっ!これから何よりも大切にしたい人が出来たんだ…もう二度と俺のところに来ないでくれ」
体毛を逆立てながら狼三郎に怒鳴る藤十郎…
その言葉によほどショックを受けたのか、狼三郎はふらふらな状態で二人の元を去っていった。


そして、無言のまま引っ越し作業を終えた二人。
リビングでお茶を飲みながら熊兵衛は口を開いた
「狼三郎さん…大丈夫かな…」
藤十郎は頭を少し掻きながら…
「大丈夫だろう。昔から強く言わないと解らないからな…」
と、少し言い過ぎたと思いながらも熊兵衛の問いに答えた。
「最後に言った『これから何よりも大切にしたい人が出来たんだ』は、一番嬉しかったよ」
熊兵衛は二人の間にあった空気をかき消すかの様な笑顔を浮かべた。
「これからもずっと、よろしくな」
藤十郎は照れ笑いで返す。
「うん!僕からもよろしく ね」


時はさらに流れて5年後の西暦2070年・秋

「あとはここに二人の印鑑を押すだけみたいだな」
少しも変わらない二人が用紙に何か書いている。
「そうみたいだね〜。ここまで長かったね」
「だよな。かれこれ205年か…長過ぎだ」
先程の用紙に判を押し、すぐに二人は区役所へと向かった。


「すみません、お願いします」
区役所の窓口に先程の用紙を提出する。
それを受け取った50代位の猪族の職員は用紙に目を通し…
「ふむ…うちの区じゃぁ、アンタ達が一組目だよ」
その言葉を聞いた二人は思わず笑顔が出てしまう。
「これは受理しておくよ。おめでとう!幸せにやりなよ」
二人は職員に一礼し、区役所を後にする。
猪族の職員は二人から渡された『同性婚姻届(パートナーシップ制度)』と書かれている用紙を所定の場所に仕舞った。

「これで晴れて『夫婦』だね」
帰路に着く途中、熊兵衛の言った言葉に藤十郎が
「ん〜…『夫婦』じゃなくて『夫夫』じゃないか?」
と思わず言ってしまう。
「ははっ…そうだね♪」
熊兵衛の笑いに藤十郎も思わず笑ってしまった。
「まぁ、もし『妻』になるなら熊兵衛だな…俺より家事が出来るし、他にもいろいろと な」
「不束者ですが、これからも末永くお願いしますね」
そして二人は堂々と手を繋ぎ、街中を歩いていった…ずっと願っていた事が叶った瞬間だった。





今まで止まっていた二人の刻が今、再び動き出した。

刻の彼方 完