『それ』は突然起こった。

『現場の森北さん! こちらの音声は届いてますか!?』
 テレビのスピーカーから聞こえる女性アナウンサーの大きな声。
『は……こち……で……放射能……』
 ヘリの轟音と共に聞こえる途切れ途切れの声。
 途切れ途切れの声と共に映る、工場らしき場所。
 その工場らしき場所からは、所々煙が濛々と上っている。
『さて、引き続きこちらの報道スタジオから、新科学開発工業で起こった出火の続報をお伝え致します。 昨夜九時半頃……』
 リモコンを持ち、同じことが繰り返し流れているテレビの電源を切った。
「どこも面白いのやってないね」
 僕はリモコンをどこかに投げた。
「まぁな。でも新科学ってすぐそこだろ? ひょっとすると避難命令が出るかもな」
 テーブルの反対側に座っている、一人の龍族。僕の恋人『加宮 龍樹』
「それより、そろそろ仕事行く時間じゃないのかよ。何かあったら携帯に電話するから、ちゃんと出ろよ?」
「わ、分かってるよ。いってきます」

 電車を乗り継ぎ、僕は会社へ向かっていた。いつも通りの日常。
 ……そのはずだった。

 スクランブル交差点を歩いていると、大きな爆発音とともに雑踏の中から悲鳴が聞こえた。
 音がした方を見ると、街頭の大型ビジョンに映る原子力発電所の続報。
『たった今入った情報です! 新科学開発工業の一部建造物から爆発が起こったとの事です! 出火した部分と反対側にあるこの施設で行われていたのは……放射性物質の研究開発と言う事ですが、現場上空の森北さん!? 現場の状況を伝えてください!』
 アナウンサーが呼びかけても一切反応が無い。

 嫌な胸騒ぎがした。僕は急いで携帯を取り出し龍樹に電話をかけた。
『おかけになった番号は、現在電波の届かない所にあるか電源が入っていない為かかりません。 おかけになった番号……』
 繋がらない。いつもは何があってもすぐ出るのに。

 戻ろう。 そう思い駅に入った時に、目に入ってきた電光掲示板。
『狼栄方面への電車は事故発生のため運休となります』
「うそ……どうしよう」
 そう呟いた瞬間、携帯電話が鳴った。
「もしもし!? 龍樹?」
『あー…熊井君? 無事か?』
 電話の相手は会社の上司だった。 僕の無事を確認しに電話したらしい。
「僕は無事です。火事の後から何か起きたんですか?」
 電車に乗っている間に起きた事を、上司に聞いてみた。
『新科学開発工業を狙ったテロらしい。爆発の一時間前くらいに警視庁に電話がかかってきたそうだが、その時は騒ぎに便乗した愉快犯だと思って切ったとテレビで言ってる』
 テロ事件……まさか日本で起こるとは思っていなかった。しかも僕らが住んでいる街で起こるなんて。
「目的は、あの爆発なんでしょうか」
『それはまだ分かっておらん。とりあえず熊井君は出社しなさい。駅にいても何も出来んだろ』


 あれから三ヶ月。事態は少しずつ分かってきた。
 あのテロ事件を起こした犯人は、建物の爆発に巻き込まれ死亡したそうだ。

 問題はその後の事の事だった。

 爆破された時に、建物から放射性物質が漏れ出していた。
 その放射性物質は街中に広がり、被爆した街の人の体に奇妙な事が起き始めた。
 被爆した人が入院している病院で少しずつ。
「お兄ちゃん、助け……ああっ!」
 ベッドで寝ていた女の子の体から、透き通った青い水晶が体中から少しずつ生え始め、最後は全身が水晶が生えて全てが砕けてしまう奇病。
 最初は年儚い子供や免疫力の落ちた人の体から。
 次第に、学生や若い人達の体にまで青い水晶が生えていった。

 もちろん、やっと会えた龍樹の体にも他の人と同じ事が起こっている。

「龍樹、具合どう?」
 ベッドに寄り添い、水晶に浸食されていない手をギュッと握る。まだ龍樹の温もりがある。
「分からん。全身の感覚がないんだ」
 点滴の針も通らない。龍樹の腕にも水晶が生えちゃうのかな?
「ねぇ、龍樹」
 二人っきりの病室。龍樹は目を瞑っていた。
「なんだ?」

「なにか、やりたい事ある?」
「あの場所に行きたい」

 翌日、僕達は病院の許可を貰い、一日だけ外出させてもらった。
 体の殆どが水晶に浸食され、車椅子になんとか座る事しかできなくなった龍樹と一緒に、二人が初めて会った場所へ。
「全然変わってないね」
 周りに民家も何も無い海岸。波の音と風の音が僕達の耳に響く。
「そうだな。相変わらずいい風が吹いてるな」
 龍樹は気持ち良さそうに目を閉じた。
「うん。気持ちいい風だね」
 僕はそっと龍樹の硬くなった体に触り、同じように目を閉じた。
「俺さ、またここにお前と来たかったんだ。最後に来れてよかったわ」
 微かに聞こえる、何かが割れるような固い音。
「なんの冗談? そんな不吉な事言わないでよ」
 僕はとっさに、龍樹の前に回り込み彼の顔を覗き込んだ。
「自分でも分かるんだよ。俺の体だからな」

「そんな事無い!」なんて気休めにもならない言葉は言えなかった。
 もう、どうにも出来ないのは二人とも分かっていたから。

「ごめんね。僕、何もできなかった」
 今まで我慢していた気持ちが溢れ、僕は龍樹に抱きつき泣いた。
 出逢ってから今までの思い出が、走馬灯の様に脳内を駆ける。
 ケンカしたり、泣いたり笑ったり、そして一つになれた。全てが二人の大事な想い出。
 それが龍樹に生えた水晶と一緒に全て砕けてしまいそうな気がした。
「俺は、今まで一緒にいてくれただけでも凄く嬉しかった。自分を攻めるな。俺達はずっと一緒だ」
 僕の頭に一滴の雫が滴り落ちる。見上げると、龍樹も声を殺して泣いてた。
「俺、ずっとずっと、悠一と一緒にいたかった。お前の事を残して死にたくない」
 体を小刻みに震わせ、涙を溢れさせる。僕も龍樹も。
「せめて、最後の最後まで、傍にいさせて」
「ああ、ずっと傍にいてくれると嬉しい」

 日が暮れて、空に星が溢れ変えるまで僕等は話していた。
 秘密にしていた事、今までで一番嬉しかった事、二人の心の内の全てを打ち明けあった。
 そうしている間にも龍樹の体を水晶が蝕んでいく。
「悠一、一つだけお願いがあるんだけど、いいか?」
 いつもは滅多にしない龍樹からのお願い。
「な、何?」

「キ、キス……してくれ」
 頬を薄らと染める。僕は何も聞かない。
 誰も居ない海岸、晴れ渡った空に浮かぶ小さな星々。
 僕は黙って目を閉じ、龍樹の口に僕の口をつける。
「ありがとう。悠一」
 だんだん龍樹の唇の感触が無くなってゆく。
 細かい水晶の破片がぶつかる音が微かに聞こえる。

 今までありがとう。龍樹。
 これから、この空のどこかから僕を見ててね。



-数年後-

「本日付けでテロ対策係に配属になった熊井悠一です!よろしくおねがいします」
 新しい制服に身を纏った僕。
 僕に出来る事は微々たるものかもしれないけど、もうだれにもこんな思いをしてほしくない。
 このお守りの中に入っている龍樹の水晶の破片は、どんな物よりも効力があると思うんだ。
 
 ずっとずっとこの空の上から僕を守ってね。



end.