あれから二年が過ぎた。
智昭の実家で僕は彼の仏前で線香をあげていた。
「あれからもう二年なんですね」
僕の横に座る智昭のお父さん。あれから会う旅に少しずつ黒い模様に白髪が目立ってきた。
「そうだな。アイツは元気なのか?」
お父さんが言うアイツ。
「えぇ、智昭君ならいつも通りですよ。今もここに」
僕はそう言うと、持ってきたカバンの中から一台のモバイルPCを取り出した。
『親父……久し振り』
画面の中のTomoは少し照れくさそうな様子。
去年の智昭の一周忌に、Tomoの頼みで彼のお父さんにその姿を見せていた。
最初はTomoという存在に戸惑い、画面に映る彼に涙を見せた智昭の両親。
『俺はこんな姿になったけど、ちゃんと今までの事は覚えてるし、生きている時と同じ様に、俺に出来る事をするから』
いつもは滅多に見せない真面目な表情で両親を見ていたのを、今でもハッキリと覚えている。
『……正也? 何ボーっとしてんだ?』
モニターの中のTomoが話しかけてきた。
「え? あぁ……なんでもないよ」
Tomoは小さく「そうか」と言うと、モニターの外へ消えて行った。
僕はTomoのモバイルPCを再び鞄に仕舞う。
「いつも言ってるが、二人ともいつでも来いよ」
智昭のお父さんが僕の頭を軽く撫でる。智昭のお父さんに触れられ、少し涙が出そうになった。
「はい! ありがとうございます」
僕は軽くお辞儀をし、智昭の実家を後にした。
『どうした?さっき親父に何かされたのか?』
歩きながらPCと繋がってるイヤホンマイクからTomoの声が聞こえる。
「う、ううん……なんでもないよ」
無意識に嘘をついた。
本当は、Tomoと触れ合いたい。
一緒にいれるだけでも幸せなのに、欲張りな事だと分かっている。 なのに……なぜ?
家に着くとTomoは僕のパソコンに移り『ありがとうな』と言ってくれた。
「何か飲み物作ってくるね」
僕はキッチンでコーヒーを淹れ、再びパソコンの前に座る。
『なぁ、正也……ちょっと聞きたいんけど』
「なに?」
少し間が空いた後、Tomoが口を開く。
『ずっと考えてたんだが……正也は俺と触れ合いたいか?』
Tomoの言葉に、一瞬頭が真っ白になった。
「ど、どういう事?」
『さっき親父に頭かどこか撫でられたんだろ? なんでも無いって言ってたけど、あれウソだよな……
声の調子で分かるんだよ』
やっぱりTomoは分かっていたんだ。
「うん……Tomoは確かにここにいるけど、触れようと思っても触れられない。さっき智昭のお父さんに撫でられて、その気持ちが一気に溢れてきたんだ。こうして居られるだけでも十分幸せな事なのに、ね」
僕が一日中考えていた事を打ち明けるとTomoは少し間を空けた。
『俺も同じだ。あの時と同じ様に正也に触れたい。だから聞きたい』
去年、智昭の実家で見せたTomoの真面目な表情。
『俺の空間に入ってくるか?』
Tomoが言った言葉の意味が分からない。
「どういう事?」
『人の脳には電気信号が通っている。見たものや感じた物が電気信号となって神経から脳に伝わる。もし正也の脳に俺が電気信号を流せば、正也は俺が体に触れていると感じる。確か押し入れの奥にヘルメットみたいな物があっただろ?』
何を言っているか殆ど分からず、ただTomoに言われるがまま、僕は押し入れを開け智昭の荷物の中から言われた物を取り出した。
「本当に大丈夫なの?」
いくらTomoが言う事でも、少し不安になった。
『大丈夫だ。何回もシミュレーションしていた俺を信じてくれ』
「わかった」
Tomoに言われた通り、コードをパソコンに繋げた。
『……じゃあ、それを被って横になってくれ』
さっき取り出したヘルメットの様な物を頭に被り、開いている穴から耳を出す。
『準備はいいか?』
「うん……大丈夫」
僕はそう言うと目を閉じ、全身の力を抜いた。
「目、開けていいぞ」
Tomoの声がクリアに聞こえる。
ゆっくり目を開けると、何も無い空間でTomoが僕の顔を覗き込んでいた。
画面越しでは無く実体としてそこにいる。
僕は飛び起き思いっきりTomoを抱きしめた。確かにここにいる。それだけでも凄く嬉しかった。
「俺もずっとこうしたかった」
Tomoも腕を回し、僕を力強く抱きしめる。
今までの時間を取り戻すかの様に長く永く抱き合い、口づけをする。
懐かしい感触に涙が溢れる。
「ちょっとこっちに移動しようか」
Tomoが指差した方向を見ると、智昭が住んでいた部屋が現れた。
そこにあるソファーベッドに二人で腰をかける。感触や空気感がまるで現実世界に居る様だ。
「ねぇTomo」
「なんだ?」
暫く二人の時間を過ごし、お互い寄り添いながらベッドの上で横になっていた。
「前みたいに智昭って呼んじゃだめかな? 凄い今更な事だけど」
Tomoから頭を少し小突かれた。
「当ったり前だろ。なんで今まで呼んでくれなかったから寂しかったんだぞ」
少し恥ずかしそうに智昭は頬を染める。
「ありがとう。智昭。これからもよろしくね」
終わり