-十二月二十日-

 半年前とは真逆の、人と獣人が目まぐるしく行き交う街に僕は居た。
 待ち合わせ場所の駅前で人を待っていると、雑踏の中から僕を呼ぶ声が聞こえる。
「おーい! 幸樹ー」
 人混みの中、大きな袋を幾つも抱えながら走ってくる、見覚えのある一人の狸獣人。
「相変わらず遅刻魔だな。考之助は」
 ふと腕時計に目を落とす。待ち合わせの時間より一時間近く遅い。
「しょうがないじゃん。オイラ、初めての都会なんだから……」
「その割には寄り道したみたいだね? その荷物」
 手荷物の中には、水郷村や周辺の町にはないビッグなカメラ屋や雑貨屋の袋が見えた。
「にゃははは、バレた? なんか安売りしてたから買っちゃった」
 開き直った様に笑う考之助は、彼らしいと言えば彼らしい。
「何か事故があったかと思ったじゃん! 後でジュースひとつ奢りね」
「えー……」

 最寄り駅を出ると、考之助が手荷物の重さと数に音をあげた。
「もうすぐ家だから、がんばれよ」
 真冬なのに汗をかき、近くのベンチに座り込む考之助……。
「無理無理無理、手痛くて……十分でいいから少し休ませて」
「よいしょっ と」
 僕は考之助の手荷物の中で一番大きな袋を一つ持った。
 結構重い……何を買ったんだ?
「あ……ありがとう」
「ほら、行くよ。このままじゃ夜になっちゃうよ」

「ただいまー」
 家に着いた時には、まだ日は暮れていなかった。
「お邪魔しまーす」
 だが、家の中から返事はない。誰もいないのかな?
「僕の部屋は二階だから先行ってて」
 先に考之助を自室に案内する。
「おー。思った以上に整理されてるんだねー」
 どんな状態を予想していたんだよ。
「とりあえず荷物は……そこに置いて適当に座ってて」
 何かやりそうな胸騒ぎがしたが、とりあえず僕はリビングがある一階へ降りる。
 やはり誰もいなかった。そしてテーブルの上には一枚の置き手紙があった。

『幸樹、今日は急にいつもの友達から忘年会に誘われたので遅くなります。考之助君がくる日なのにごめんね。お金置いておくから、何か食べにいってらっしゃい -母-』

 いつもの友達……いわゆる主婦友達って言う人達かな。
 まあ、考之助と二人っきりになれて良いんだけれど。
 同時に頭に浮かぶ淫靡な妄想……。
「幸樹? 大丈夫?」
 少し開いていたリビングのドアから考之助が顔をのぞかせる。
「わあ! 考之助、いつの間に!? 何が大丈夫だって?」
 いつの間に来てたんだろう。怪訝な顔をしながら僕を見ている。
「んと、トイレ借りようとして、幸樹にトイレの場所を聞きにきたら、何か紙見ながらニヤニヤして立ってた……でいい?」
 自分でも気づかないうちに、何に対してニヤついてたんだろう。
「と、トイレは、お、奥の左の扉だよ」
「?」
 僕、怪しい人。

「考之助は何か食べたい物ある? 今日お母さん居ないんだって。食費もあるし」
 部屋に戻り、ジュースを飲みながら一息つきながら夕飯の事を考える。
「オイラ、幸樹たべたい」
 真面目な顔をした考之助の言葉に不意を突かれ、僕は飲んでいた飲み物を吹き出しそうになった。
「なっ……えっ、そ、それって」
 夏の最後の日が頭の中をよぎる。
 暑かった日に家で二人っきり……今でも思い出しただけで性欲を持て余す。
「冗談だよー。にゃはははは、なに赤くなっちゃってるのさ?」
 おおかた冗談に聞こえなかったのが困る。
「そ、それで?なに食べたい?」
「行きたいお店は調査済みだけど、二人っきりでご飯食べられるチャンスは滅多になさそうだし、今は幸樹の手料理が食べてみたいなあ」
「ぼ、ぼくの料理?」
「うん」
 今まで何回か作った事はあるけれど、とてもじゃないけど人に……いや好きな人に出せる代物ではないっ!
 考え込む僕の顔を、いい笑顔でジィーっと覗き込む考之助。 ああ、プレッシャーだよ……。
「……命の保証はしないけど、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、なんとかなるってー」

 そして、二人で家から数分のスーパーで買い物をしながらメニューを考える。
 こういう冬の時期って言ったら、やっぱり鍋だよなぁ……。切っていれるだけで簡単だし。
「やっぱり都会の物価って高いんだねー。 あ、これって新商品!? 幸樹、買っていい?」
 考之助にとっては珍しい食品が多いのだろうか、特にお菓子売り場のあたりでテンションをあげていた。
 とりあえず僕は、良さそうな食材を買い物カゴに入れていった。
「考之助ー。そろそろ大丈夫?」
「うん、オイラのはもう買ったから大丈夫だよー」

「じゃあ、考之助はリビングでテレビでも見てて待ってて。できたら呼ぶよ」
「わかったー。楽しみに待ってるね」
 考之助は少し離れたリビングで適当な番組を見始めた。
「さてと……」
 腕まくりはしてはみたものの、材料を切って土鍋に入れて煮込むだけの簡単な作業。
 あとは簡単なサラダを作ってみたり。
「これ、全部食べられるかな」
 テーブルの上にガスコンロを用意し、その周りにサラダを並べる。
 やっぱり二人だと若干寂しいかもしれない。
「考之助ー、できたよー」
「お腹空いたー! え、寄せ鍋?」
 食卓の上にどーんと鎮座する寄せ鍋。
「寒かったからね。もしかして嫌い?」
「ううん、嫌いじゃはないよ! ただ……まあいいや、食べよー」
 考之助はそれ以上口を開かなかった。何なんだろう?
 最初は多少の微妙な空気が漂っていたものの、半分位食べた頃にはそんな空気も消えていた。
「幸樹、おいしかったよ! ごちそうさま」
「よかった! じゃあ、僕は片付けるから、考之助は先に僕の部屋に行ってテレビでも見てなよ!」
「うん」

 片付けもそこそこに済ませ、考之助が待っている部屋に向かう。
 それと同時に、考之助が来た時と同じ、妙な胸騒ぎがした。
 一応部屋にテレビはあるけれど、確実にテレビを見ているとは限らない。
 足音を立てずに部屋の前に向かい、ドア越しに部屋の様子を伺ってみる。
 聞き耳を立ててみるが、やっぱり部屋の中からテレビの音は聞こえない。
 閉まっている部屋のドアを音を立てずにこっそりと開けてみる。
「なっ……ちょっ!! どこから見つけたの!?」
 少し開けたドアの隙間から見えた光景は
 隠していた成人指定の本を、漫画本の様に読んでいる考之助の姿だった。
「わっ! びっくりしたー……」
 僕の叫び声に、考之助の尻尾の毛は一気に逆立った。
「びっくりしたー じゃなくて、ど、どうやって……」
 僕は考之助が手に持っていた本を指さす。
「あ、この本? これをベッドの下に落とした時に見つけちゃったー。ごめんね」
 そう言いながら、考之助は手に持っていたボールペンを僕に見せる。
「幸樹ってこういう本読んでたんだねー。『人間×獣人 初めてのセックスHow Tow』特集ねぇ……」
「ちょ、返せっ!」
 僕は本を取り返そうと、思わず考之助に飛びかかった。
 宙を舞う本、そして気がつくと唇に感じる暖かくて柔らかい感触と考之助の匂い。
「う、んっ……」
 考之助は抵抗せずに、僕のキスを受け入れ、僕の体を抱き寄せてきた。
 お互いの息が荒さを感じながら唇を離す。
「幸樹、大好き」
 抱きつかれ、服越しに考之助の体温が伝わってくる。
 そして心なしか、考之助の肩が小刻みに震えているように感じた。

「どうしたの?」
 震える肩を離し、考之助の顔を見る。
 その茶色く大きな目から、大粒の雫が溢れ出そうとしていた。
「な、なんでもないよ。ちょっと驚いただけだから」
 考之助は平静を装いながら涙を拭く。
「本当に?」
 考之助は静かに頷く。
「……そっか。何か辛い事があったら言って良いんだよ。僕は考之助の恋人なんでしょ? 少しでも考之助の力になれたらいいな」
 僕は何も言わない考之助の体を強く抱きしめた。それに答えるかのように彼も強く強く抱きしめ返してきた。
 何かあれば言ってくれるよね。

「ねえ、考之助」
 どれくらい時間が経ったか分からない位、お互いの体に抱きついていた。
「どうしたの?」
「お風呂、行こう? 汗臭いでしょ?僕」
 昼間あれだけの荷物を持って歩いたんだ。人間より鼻が利く獣人の考之助にはハッキリと僕の体臭が分かるだろう。
「オイラ、幸樹の匂いが結構好きだから平気だけど……そうだね。一緒に入ろう!」
 考之助が来ると言う事で、獣人用のボディーソープは買っておいてあるから問題は無いと思う。
「いっせーのっ!」
 脱衣所で同時にお互いに服を脱ぐ。
 逢えなかった数ヶ月の間に少しずつ成長したお互いの体。
「やっぱり……少し恥ずかしいね」
「そうだね。ちょっとした合宿の風呂みたいな感じがする」
 赤面しながら、チラチラとお互いの体を見る。
 お互いの体を洗いあう。
「幸樹、夏に会った時より太ったんじゃない?」
 そう言いながら、お腹についた肉をプニプニとつまむ。
「僕より、考之助の方が太ったと思うけど?」
 僕も負けじと考之助の脇腹を揉み返す。濡れた考之助の体毛が手に絡まる。
「にゃはははっ!そこはだめだって!くすぐったいって」
 僕の手は徐々に半勃ちになっている考之助の息子の方へ。
 揉むたびに考之助のモノが少しずつ元気になってゆく。
 前に触った時より少し太くなった?
「ん、はぁ……や、ちょっ……」
「さっき僕の本を見た罰だよ」
「えっ? ひにゃっ!」
 先端から汁が溢れそうになっている考之助のモノを咥え、頭を前後させる。
 風船様に大きくなった考之助のモノを愛撫しながら視線を下に落としてみれば、考之助の膝が小刻みに震えていた。
「はぁ、はぁっ、こ、幸樹! やっ、なんっ、熱いっ」
 やがて、考之助自ら僕の頭を両手で押さえ、腰を激しく振り僕の口で快感を貪る。
「ああっ! 幸樹の中に出ちゃうよ! ああああっ」
 強く腰を打ちつけ、考之助の腰の動きが止まり体を震わせながら、口の中に濃いモノを放った。

「…………」
 考之助は精を放つと、糸が切れた操り人形のようにその場に座り込んだ。
「……約束してたのに」
 考之助が小さくつぶやいた。
「今度はオイラがタチやるって約束だったのに! その前に出しちゃってどうするの!」
 あの約束、覚えてたんだ……。
「とか言って、まだヤる気でしょ?」
「もちろん!」
 いつも通りの笑みを浮かべる。
「だよ……へっくしょい!」
「っくしゅん!!」
 二人同時にクシャミをした。
「……風呂入ろうか」
「……だね」
 浴槽に二人並んで浸かり体を再び温める。
 ただ静かに浸かる訳もなく、キスしたりお互いの体を触ったり。
 水に濡れた考之助の顔は、まるで狸版の時雨村長のようで少し水郷村を思い出させた。

「こーきー、なんか気持ち悪くなってきたから、先にあがるねー」
「うん、大丈夫?」
 考之助が浴槽から出た瞬間、彼の姿勢が崩れ、その場に倒れ込んだ。
「考之助!!?」
 僕も急いで風呂から上がり、名前を呼びながらぐったりしている考之助の首筋に手を当てる。
 いつもより脈が早い。のぼせたのか?
「うーん」
 そして数分もしないうちに考之助が意識を取り戻した。
「考之助、大丈夫?」
 若干、倒れた本人が自分の状況を分かっていない様子。
「オイラ、倒れてたの?」
「うん、急に倒れちゃったから焦っちゃったよ」
「……ごめん」
 立ち上がろうとした考之助は、まだ足下がふらついている。
「のぼせて倒れたみたいだから、急に立ち上がると危ないよ」

 僕は一旦脱衣所に出てバスタオルを手に取り、バスタブに座らせた考之助の体を拭こうとした。
「だ、大丈夫だよ! それくらいオイラ一人でやるよ」
 考之助は僕からタオルを奪い取り、ごしごしと体毛を拭く。
「服は部屋に行ってでも着替えられるし暖房もついてるから、先に行って横にでもなってて」
「……うん」
 力なく揺れる大きな尻尾をぶら下げ、考之助は肩を落としながら部屋への階段を昇っていった。
 僕も少し遅れて考之助の後を追って部屋に入った。
「考之助、具合どう?」
 部屋に入ると、考之助はベッドに腰をかけながら部屋着に着替えていた。
「うん、さっきよりは良いよ。心配かけちゃってごめんね」
 考之助の声のトーンを聞いている限り、大丈夫そうだ。
「一応、これ飲んでおいた方がいいと思うよ」
 手に持っていたスポーツ飲料を考之助に渡した。
「あ、ありがとう」
 ペットボトルを手に取り、蓋を開け口をつけると、中身は一瞬で彼の胃袋へ消えていった。
「さてと……幸樹」
「ん?」
 抱きつかれたと同時にイヤな予感が……。
「さっきの続き、しよ?」
 当たった。
「だめ。さっき倒れた人が何を……」
「うっ」
 考之助の体が離れ、少しスネてる。
「……どうしてもダメ?」
「ダメ。今の状態で考之助が倒れても、僕は何もできないかもよ?」
「うー」
 考之助のふわふわの唇に軽く僕の口をつける。
「これ以上言うなら、一緒の布団で寝ないよ?」
「わ、分かったよ。でも、明日は絶対やらせてよ?」
「うん。ただ、寝てる間に手出すなよ?」
「分かってるって」
 そう言うと、しょげていた顔からいつも通りの笑顔に戻ってくれた。

「一緒の布団で寝てても大丈夫? 見つかったら色々言われない?」
 電気を消し、一緒の横になっていた時、考之助が突然僕に聞いてきた。
「うん、あんまり僕の部屋は見ないんだ。布団敷くスペースが無いから一緒の布団で寝るかもって言ってあるし」
「そっかぁ。そう言えばオイラ、ちゃんとしたベッドで寝るの初めてかも」
「そうなの?」
「うん、子供の頃も幸春と一緒の部屋で布団引いてたから、昔からベッドに憧れてたんだ」
 そういえば、夏に考之助が寝込んだ時も布団だったっけ。
「ねぇ、幸樹」
「ん?」
 考之助が猫なで声をあげる。
 『猫なで』は深くんの為にある様な言葉だから……『狸なで声』?
「腕枕……してもらってもいいかな?」
 何かと思えば……。
「うん、いいよ」
 腕に当たる温かくて少し重い考之助の頭と、微かに漂う獣人用シャンプーの香り。
 腕枕なんて初めてしたから、少し恥ずかしい。

「……大好きだよ、幸樹」