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 あの夜から幾日経ったのだろうか。
 珍しく大きな仕事が見つかり、その支度をしている時に私はふと物想いに耽ってしまう。
 大きな二つの月だけが二人の行為を見守っていた夜を時々思い出してしまう。
 確かに幸福感に包まれた……
「ねえ! ねえってば!」
 遠くの方から誰かの声が聞こえてくる。それは次第に鮮明になっていった。
「起きてください、フェアさん」
 視界にぼんやりと黄褐色の物体と、青みがかった薄墨毛色の物体が動いている……気がする。
 体を揺さぶられると、次第にその物体も徐々に鮮明にな姿へ変わっていく。
「あ、ああ……シルとライか。どうした?」
「それはこっちの台詞ですよ。どうしたんですか? ずっと遠くを見ているようでしたが」
 またやってしまった様だ。気を抜くとテリの事を考えてしまう。
 そして当の本人は……
「おう、支度出来たか?」
 両手に荷物を抱えて扉を足で開ける……いつも通りだった。 そしてあの日「二人がいる時は普通にしていろよ」なんて言った本人がこの有様だ。
「ん? 何かあったのか?」
 彼は私が言った事は守っているらしい。ため息が溢れてしまう。

「で? どこに行くんだっけ?」
 各々が支度を済ませた者から宿屋の前に集まりはじめる。
 普段と変わらない軽装のシルが、少し遅く来たライに声をかける。
「ジュノーグですよ。昨日聞いていた筈ですが? 起きていましたよね?」
 不可解な面持ちでシルを見つめるが、当人は「え、えへへ」と笑いで誤摩化しながら頭を掻くだけであった。
「まったく……」
 誤摩化されて不満なのかブツブツと小声で何かを言っている。
「おう。待たせたな」
 最後にメンバーの中で一番身軽な筈のテリが宿から出てきた。
 これが日の常なので誰も何も言わない。
「俺はフェアと行く。お前達は一緒にな」
 先ほどのやり取りで二人の間に少し険悪な……いや、シルの態度に対してライが少し苛ついている様子。
「あまりイライラするな……いつもの事だろう」
 ライに軽く耳打ちして宥める……と言うか半ば諦めさせる。
「そう……ですよ、ね」
 軽いため息を吐いた後に両手で頬を数回叩き、気分をリセットしている様子。
「じゃあ……先に行くからな。場所はいつもの場所で」
「分かりました」
 ライの言葉と同時にテリが私に抱きついてくる。
「んじゃあ、ひとつ頼むわ」
 いつにも増して暑苦しく……きつく抱きついてくるテリ。そして彼の加齢臭が若干鼻腔を通り抜ける。
「苦しいから……ふ、ファーレンツジュノーグ」
 短く詠唱を行うと、周りが青と白が混ざった光が足下から私達を飲み込み、光が消えるとジュノーグの広場にそびえ立つ時計塔の前に立っていた。
 港が近いのかふわりと潮の香りがする。
「やっと二人きりになれたな」
 まだ抱きついてくる。周りからの白い視線を感じる気がする。
「いい加減離れろ」
 あの二人の前ではやらないが……テリの頭に一発だけ拳を振り下ろす。

「何か……ごめんね。今度は覚えられるようにする……から」
 自覚があったのか。シルが急に謝ってきた。
 物覚えが悪いのは今に始まった事では無い気もするけども。
「いいよ。それよりも……ここ数日、フェアさんの様子がおかしくないですか?」
「うん。それはオレもそんな気はしてた」
 普段は鈍い彼もフェアさんの様子がおかしい事は感じてはいたんですね。
「心此処に非ずって感じ。気がつけば顔を緩ませて遠くを見ているし」
「テリさんはやけにベタベタしていますし……何かあったんですかね」
 ファーレンツの時の様子と言い、朝のフェアさんの様子と言い……絶対に何かあったと思います。
「まあ……二人だけの事でしょうし、わざわざ突っ込んで聞く必要もありませんが……」
「うん」
 惚けて仕事で怪我などしなければいいのですがね。
「さて、遅くなってもいけませんね」
 シルの手首を掴み、フェアさんと同じ様にジュノーグへ飛ぶ。
「少し遅かったな。何かあったのか?」
 怪訝な顔で自分達を見るテリさん。
「いや、ちょっと彼に話があっただけです」
「ふうん……そっか。とりあえず依頼人の所に行くか」
 テリさんはそう言うと、頭を撫でながら路地へと入っていった。何かあったのでしょうか?

 依頼内容は至ってシンプルだった。
「ジュノーグ郊外の道を修復している間、従業員が怪物に襲われないようにしてほしい」
 要するに護衛だ。フォーレンツでは運べない荷物は陸路で運ぶしかないのだ。
「今晩はここの宿に泊まってください」
 事務所で脂の乗った牛族の社長から渡された宿屋までの地図。
「あとは依頼書通りなのですが……他にももう一組いますので、その方達とは明朝この場所に集まっていただきます」
 明日の朝から仕事。と言う事は今日一日丸々やる事がない。
 確かこの辺りの怪物も私達から見れば大して強くもなかった気がする。
「念のため、この辺りの道具屋も教えていただけますか?」
 万が一と言う事もある。一応念には念を入れておこう。
「え、はい。ここです」
 先ほど渡された地図を返し、牛族の男は地図の中に小さな丸を書き込み私に返した。
 そして、軽い打ち合わせを済ませて建物を出る。
「半日空いたか……一応道具屋で必要な物を揃えてから宿に行くか」

 道具や必要そうな物を買い、指定された宿に入る。
 宿屋の主人に私の名前を告げると、口数も少なく部屋へと通された。
「え、布団?」
 藁が編み込まれた床。収納には真っ白な布団が四組入っている。
「見て見て!」
 シルが何やら嬉しそうな様子で別な収納に入っていた部屋着を取り出す。
 布を羽織り、腰に帯を巻くだけの簡単な物のようだ。
 部屋の真ん中を占領している大きな低いテーブルの上には、宿の案内と見取り図が置いてある。
「天然温泉だって。効能は腰痛に肩こりに神経痛に……魔力回復?」
 最後の文言は如何なものか。
「よし、俺は風呂に行ってくる! お前らも来るか?」
 既に馴染むかようにテリは部屋着を羽織り帯を締める。その帯の上に乗っている大きな腹と胸元から見える焦げ茶色の被毛が見える。
「い、いえ……オレは後でシャワーでもします」
「自分は後で一人で入りますので……お先にどうぞ」
 熱湯が苦手なシルと多人数で入るのが苦手なライ……か。となれば次に声がかかるのは
「んじゃあ、フェア……」
「断る」
 やはり私だった……が、間髪入れずに彼の嬉しそうな声色を斬り捨てる。
「そんな即答する事ないだろ……なあ?」
「まだ仕事の事で確認したい物が残っているんだ。先に入っていろ」
 牛族の社長から渡された分厚い契約書を読みながら、窓際にある籠のように木で編まれた椅子に腰を下ろす。
 視界の隅に背中を丸め、寂しそうに大浴場へ向かうテリが見えた。
 他の二人も何も言わずに買ってきた物を整理しているようだ。
「悪い事をしてしまったか……」
 二人に聞こえないくらい小さな声とため息が意図せずに零れてしまう。

 どれくらいの時間、書類を集中してしまったのだろうか。
 いつの間にかテリも風呂から戻っており、三人でビジョンを見ている。
 三人に気づいたと同時に薄い引き戸の向こうに人の気配を感じる。
「夕食をお持ちいたしました」
 すーっと戸を引かれ、猫族の女性が次々と目にも鮮やかな料理がテーブルの上に運んでくる。
 内容としては魚介を中心とした料理と言ったところだろうか。
「お酒が必要な時はまたお呼びください」
 そう言いながら一段と派手な猫族の女性が引き戸を閉める。
「いただきまーす!」
 シルは周りの事など気にせず箸をつける。
 私を含む他の三人も料理を口に運ぶ。近くの港で獲れたものだろうか。いつも食べているものより一段と旨い。
「お前も飲めよ」
 真横に座っていたテリが地酒が入った酒瓶を差し出す。私も言われるがままコップを差し出し、そこへ琥珀色の酒を注がれる。
 最後にこうして飲んだのは……あの夜以来か。
 ちらりとテリの方を見ると、部屋着の股間のあたりからちらりと彼の力ない一物が見える。下着くらい穿けばいいものを。
「ん? どうした? いっ!」
 何が起こっているか分かっているかのように、わざとらしく聞いてくるテリ。そんな彼の大きな尻臀に思い切り爪を食い込ませる。
 真正面の二人は私達などまるで居ないかのように、料理に集中している様子でそっと胸を撫で下ろす。
 料理を全て平らげ、各々がゆったりと時間を過ごしはじめた。
「風呂に行ってくる」
 軽く酒も飲み終え、少し酔いが醒めたので大浴場へ向かおうとする。
「じゃあ俺もまた入ってくる……か?」
 大浴場だから他の人も居るだろう。その状態で何かされると言う事は考えにくいか……
「テリも来るか?」
「おうよ!」
 やけに嬉しそうだ。さっき断られたのが少しは効いていたのだろうか。

「閑散……か」
 予想に反して大浴場は殆ど人がいなかった。
「上に露天風呂もあったぞ。一緒に行かないか?」
 目を輝かせ、私の手首を掴みながら階段へと引っ張って行く。
 階段を上りきり、雨風をしのぐ為の引き戸を開けると、暗い星空の下に岩と間接照明に囲まれた湯船が眼前に洗われる。
「綺麗だな」
 湯船に体を沈めると、テリも私の隣に入る。
「いい眺めだろ」
 彼の方を見ると、珍しいくらい穏やかな顔で空を見上げている。
「何を考えているんだ?」
 その表情の理由を知りたかった。単純な好奇心だ。
「いや、その……フェアと一緒に入れてよかって思ってな」
 いつになく真面目で穏やかな口調でそんな言葉を……
「何か悪いものでも食べたのか?」
「ば、馬鹿言うな! 俺だってたまには……な」
 尻切れとんぼのように言葉が消えていく。普段の彼とは違い、恐怖心さえ覚えてしまう。
「二人きりの時くらい……好きくらい言わせろよ」
 ざばりと湯船から腕を出し、私の頭にぽんと置く。
 おそらく、好きにならなければこんな穏やかなテリを見なかったかもしれない。
 彼に身を預けて目を瞑る。日常で溜まった何かすーっと抜けていく気がする。
「そこらのメソッドイノスより効果があるだろ?」
 テリの体を伝い、より太くなった声が聞こえる。
「ああ、心に対してだけどな」
「暫くこうしててもいいぞ。どうせ誰も来ないだろうしな」
 言われるがままに暫く寄り添っていたが、ふと閉じていた目を開けてみる。
 湯の下で元気に天を向いているテリの雄が真っ先に目に入った。
 顔を上げるとテリは恥ずかしそうにはにかんだ。
「さすがに生理現象はよ……抑えられねえんだ」
 湯船の中で揺蕩うように前後に動く彼の雄……どうしたものか。
「フェアがあまりにも普段以上に可愛かったからよ」
「出るぞ。お前も一緒にな」
 これ以上彼の傍に居たらのぼせてしまいそうだった。
 そして彼の股間で主張している物もどうにかして欲しかった。
「お、おい! 待てよ!」
 前を隠そうともせずに私を追いかけてくる。周りの視線が彼に追いかけられている私に刺さる。
 一緒に浴場から出ようとしたテリだったが、流石に雄が天を向いた状態で出るのは恥ずかしかったらしく、暫く水風呂に入り、体の火照りを沈めていた。
 私達が風呂から戻る頃にはテーブルは部屋の隅に立てかけられ、その場所には布団が綺麗に四組横並びに敷かれていた。
「随分長風呂でしたね。その間にシルと一緒に布団を敷いておきましたよ」
 既にライとシル、二人並んで布団の上に寝転んでいた。
「あ、奥二つは二人の場所ですので」
 既に何かを察しているかのように私とテリの場所が隣同士になっている。
「おう、ありがとうな」
 一方のテリは何も気にせずに端の布団に陣取る。私は残った布団か。

 ライとシルも風呂に行き、日付もそろそろ変わろうかと言う時間になった。
「そろそろ灯り消すぞ」
 部屋に唯一ぶら下がっている大きく煌煌と輝いていたランプの灯りを落とし、各々が布団に潜り込む。
 そして数分もしないうちにテリと私以外の寝息が聞こえ始めた。疲れていたのだろうか?
「なあ、フェア」
 小声で隣の布団からテリの声が聞こえる。
「なんだ?」
 私が声を返すと、衣擦れの音が聞こえ……
「なあ、ずっとこれが収まらないんだ」
 目が闇に慣れると彼は布団を捲り、中から再び彼の元気な雄が顔を出す。
「あのなあ……」
 返す言葉もない。どれだけ性欲旺盛なのだ。
「頼むよ……ムラムラして眠れそうにないんだ」
 切なげな声で懇願するが、外に出るにしてもここで発散させるにしても無理がある。
「すまん。明日も早いからなんとか寝よう。代わりと言ってはなんだが」
 布団から身を乗り出し、私はテリの鼻の頭に軽くキスをする。
「これで勘弁してくれ。二人を起こす訳にもいかんだろう?」
 なんとか我慢してくれたのだろうか。不満そうな唸り声を上げながら布団を頭から被り、しばらくすると小さな鼾が聞こえてきた。眠れない程の火照りはどこへ行った。
 私も目を閉じ夢を見始める。

 明くる朝。まだ太陽の僅かな光が空を染め始めた頃。
「う……ん」
 体にかかる異様な重量感と暑苦しさで目が醒めた。
 眠い眼を薄らと開き、顔を少しだけ横に向ける。そこにはテリの大きな寝顔が真横に横たわっていた。
 寝る前の綺麗な寝具の面影も無いくらいぐちゃぐちゃな布団を見ると、いつの間にやら私の布団へ入ってきたらしい。
「まったく……もう」
 テリの向こうに見える窓の外の様子を見る限り、彼を退かせて二度寝するには足りない気がする。
 蔦のように私に絡み付いていた彼の体からするりと抜け出し立ち上がる。
 ライとシルの方へ視線を移すが、彼らは寝た時と殆ど変わらない姿勢で未だに眠りに就いている様子だった。
 視線をテリへ戻すが……寝相の悪さはいつまで経っても直らないものなのだと改めて思う。
 彼の下半身を見ると脚を大の字に開き、その間に鎮座している彼の元気の無い雄。
 どうせ起きたら起きたで朝立ちで彼の雄は再び大きくなるのだろう。
 テリの股間へ自然と手が伸びる。
 他の二人が横で寝ている時にこんな事をしてはいけないと頭の中から声が聞こえるが……他の雄の平常時なぞ、じっくり見れるチャンスなど殆どないだろう。
 下着も穿かずにだらりと垂れている彼の竿に手が触れる。
「んっ……ん」
 一瞬テリが声を洩らしたが、すぐに微かな鼾が聞こえてきた。
 ふにふにしている彼のものを触ってみる。おそらくこの状態でも巨根と言われる部類であろう。
 匂いを嗅いでみるが、大股を開いていただけあって籠った匂いも無く、微かに雄の匂いが鼻腔を抜ける。
 先ほどまで頭の中で聞こえていた声は影を潜め、今は欲求だけが私を突き動かしていた。
「んっ」
 体の奥から感じる熱に耐えきれずに半ば本能的にそれを口に咥えこむ。
 と同時にテリの体が少しだけぴくりと反応していた。
 私の口の中でずっと力なかった一物に芯が通り始め、いつの間にやら口腔内をほぼ占領してしまった。
 微かに彼の先端から出はじめる塩辛い蜜が私をより興奮させる。
 顔を静かに前後に動かし、テリの雄を静かに出し入れさせる。時間が経つにつれ彼の鼻息も荒くなる。
「う、ふっ……ふっ……」
 朝っぱらから彼の蜜に酔いしれ、自分の雄も下着の中で狭苦しそうに体積を増す。
 何も抵抗しない彼の姿に余計燃え上がり、口淫の速度も早まる。
「うぐっ……うっ!」
 無意識にシーツを掴み始めると、彼の雄も最高潮に硬くなってくる。
 ストロークを深くし喉奥まで彼を沈めると、一瞬の声と同時に口の中に雄臭く粘り気のある液が口と喉に溢れかえる。
 一滴も逃すものかと尿道に残っている子種まで吸い上げると、彼の耳も忙しなくぱたぱたと動く。
 よくもまあ起きないものだ。一瞬体に力が入り、達したと同時に全身の力が抜け、再び深い眠りに入った。
 じゅるりと再び元気がなくなった彼の雄を口から吐き出す。ぬらぬらと朝焼けに照らされる彼がいやらしくおもえる。
 未だ私の口の中に残っている彼の種を含んだまま、トイレへと駆け込む。
 下着を脱ぐと水か何かを掛けられたかのように、ぐっしょりと濡れた私の雄に口に残していたテリの種を半分だけかけ、一心不乱にそれを抜き上げる。
 私は変態だろうか……好きな人に夜這なる朝這をかけ、それを堪能するかのように一人トイレで抜き上げる。
 未だに口に残っている私の唾液と混じったそれを掌に出し絡め、自らの穴へ塗り付け指で犯し、指の腹が当たる一部を重点的に擦り上げる。
 シルやライが入ってきたら間違いなく……かと言ってテリが入ってきても大体どうなるか想像はつく。
「はあ……はあ……ああテリ……いっ……く」
 指が千切れそうなくらい穴が締まり、同時に私自身も驚くくらい自分の顔へと精液が大量にかかる。
 体の火照りは止みそうにないが、その足で小さなシャワールームへ向かい、冷水で体を冷やし体についた物を全て洗い流す。
「なんか珍しい夢を見たようでよ」
 全員起き、朝食を取った後、いつになく静かに頭を抱えていたテリがそんな事をぼそりと呟いた。
「どんな夢を見たの?」
 珍しくシルが反応する。
「いや……なんつーか、誰かに口でいかされる夢なんだがな? 妙に生々しくらい気持ち良かったんだ。んでよ、起きたら妙にすっきりした感じでな」
 シルは耳を赤くし、黙り込む。恥ずかしいのだろうか……聞いて後悔でもしたのだろうか?
「フェア、何か知らないか?」
 何か心当たりがあるかの様に私に話を振ってくる。
「し、知らん。お前の夢の事など私が知る訳ないだろう」
 平静を装い応えるが、寝たふりでもしていたのかと内心穏やかではない。
「お、おう……そ、そうだよな。また溜まってたか! がはははは」
 豪快に笑い飛ばしながらテリは部屋の外へと出て行く。本当に寝ていたのか。
 シルは未だに耳を赤くしたまま、しばらく小さく座り込んでいた。

「そろそろ行くか」
 昨日の夕方のうちに買っていた保存食を簡単な朝飯代わりにし、早めに宿を後にした。
 集合場所が見えてきたが、そこには既に私達と同業種の匂いを漂わせた男が数人立っている。
 虎族に狼族に熊猫族に……ほう、非闘諍主義の者が多い象族が居るとは珍しい。
「おはようございます」
 がっしりとした体格の虎族の男が私達に気付き、声をかけてくる。
「今日はよろしく」
 挨拶がてら握手を求める……と相手の無骨な手を握った瞬間、この男も数多の戦いを越えてきたのだと直感で分かった。
「よろしく。アスです」
 アスと言う男はにっこりと笑ってみせる。
 軽くお互いのメンバーを紹介し終えた頃、依頼人と十人程度の男が気怠そうに集まってきた。
 風呂に入っても落ちないのだろうか? 被毛の所々に仕事で付いたと思われる黒い汚れがついている。
 何人かに別れ、荷車に乗り込む。
 荷車の中では口数も少なく、ただただゆっくりと後方へと流れる街の景色を眺める……が、それも徐々に人工物の少ない寂しい景色へと変化していった。
「着きました。今日から宜しくお願いします」
 ジュノーグ市街から揺られる事数十分。荷車が止まり降ろされた場所は、生い茂る木々に挟まれた道端。
 視線を落とすと、確かに本来綺麗な筈の路面が荒れかけている。野生種のせいだろうか。
 相変わらず気怠そうに私達の後からぞろぞろと道具を持って降りてきた男達。
「アスさん達は向かって左側。フェアさん達は反対側をお願いします」
 作業員の一人である狼族の男が私とアスに話しかけてきた。白髪混じりの被毛から察するにこの場所を統轄する人なのだろうか。
「わかった」
「分かりました。では行きましょうか」
 私達は道路を挟んで広がる獣道に分かれて入る。おそらく野生種はこの道を使って道路を横断しているのだろう。
「この場所で待機する」
 茂みの向こうで作業をしている様子が微かに聞こえる場所に陣取る。
 例え野生種が私達が居る場所を迂回して彼ら作業員を襲おうとしても、素早く奴らの前に立ちはだかる。テリやシルもこう言う時は見かけによらず動きは素早い。

 木々を駆け抜けて心地いい風が吹き抜け、木の葉の隙間から時々暖かい陽の光が差し込む。
「うーん……眠い」
 やはり何時もの如くシルが暇を持て余しはじめた様だ。
「我慢しろ。まだ一時間も経って……」
 風に乗って異様な匂いが漂ってきた。人の匂いではなく野生種の匂いである。
 他の三人も気づいたようだ。徐々に鮮明に感じ取れる匂いと草木を掻き分ける音……確実にこちらへ近づいてくる。
 私達の目の前に生えている背の高い草が不自然に動く。
 異形だった。四肢と胴体と顔、それぞれ異なる種族の特徴を、まるで継ぎ接ぎのように合わせた野生種が三体姿を見せた。
「行くぞ!」
 私が吼えると先ほどまで気の抜けていたシルの目つきが変わり、腰に差していた長剣を鞘から抜く。
 テリよりも巨大な奴らのうち一体が爪を伸ばし襲いかかってくる。
 指示する事無く三人は野生種を囲むように動く。
 左後ろに立っていた野生種は無表情のまま近くに居たシルに向け腕を振り下ろす。
「つうっ……畜生! いけシリング!」
 体勢を崩したまま魔法詠唱をすると、木を避けるかのように空から稲妻がシルを殴りつけた野生種を貫く。
 稲妻が奴の体を突き抜けると、断末魔をあげその場に倒れると他の二体に隙が出来た。
 その刹那、私は腰に差していた二本の短刀を抜き、正面に立っていた一体めがけ飛びかかり、首に向け刃を振り下ろす。
 奴を飛び越え着地すると背後でごとりと重い物が落ちる音が聞こえ、同時に背中に液体がかかる。
 断末魔をあげる時間すら残さずに奴の首を刎ね落とす。もう罪悪感など麻痺してしまった。
 最後の一体を見るとライが駿足で野生種を攪乱し、背後を取ったテリが奴の首根っこに向け重い拳を一発だけ叩き込むと野生種は崩れ落ちるように絶命した。
「いっちょ上がり!」
 テリが手をぱんぱんと叩くと私を含む全員がふうとため息をついた。
「大丈夫?」
 唯一反撃を喰らったシルにライが近づく。殴られた部分を見ると綺麗な黄褐色の被毛に血が滲み出ているようだ。
「これくらい大丈夫だよ」
「これは骨まで行ってますね……メソッドイノス」
 ライが傷口に手を当て小さく呟く。
 すると彼の手をほわりと桃色の光が包み、その光が消え手を離すと負傷の痕跡は跡形も無く消えていた。
「おう、大丈夫か?」
 二人を見ていた私にテリが声をかける。
「怪我はしていない。ただな……」
 問題は見た目だ。血まみれでは茂みの向こう側で修復作業をしている人たちに驚かれてしまうだろう。彼らは依頼人である前に一般人なのだから。
「だろうな。ほれ」
 どこに持っていたのだろうか。大きめの瓶を私に手渡す。中には水……のような透明な液体が入っている。
「中身は何だ?」
「ああ、俺の小便だ」
「殺されたいか?」
「じ、冗談だ。ただの水だ!」
 久々に利かせた睨みは血糊の効果も相まって猟奇的に見えただろう。
 渡された瓶の蓋を開け、念のために匂いを嗅いでみる。血の匂いで鼻が殆ど利かないが、妙な匂いはしない。
「ほ、本当に水だ! 嘘だったら俺を一晩好きに使って良い!」
 それは中身が水以外であってもテリの得にならないか?
 まあ……中身がどうであれ、一時しのぎでもこの血を洗い流せれば良いと上半身だけ服を脱ぎ、瓶の中身を頭から一気に被り洗い流す。
「そろそろ時間ですよー!」
 体についた水が乾く頃、遠くで声が聞こえる。気がつけば空は緋色に染まっていた。やっと体についた汚れを洗い流せる。
 最初の場所に集まると、アスの組も私達と同じように泥や返り血で汚れていた。
「あ、お疲れさまです」
 疲弊している様子も見せず、朝と同じようにアスは笑ってみせる。
 他のメンバーは少しだけ疲労の色を見せているが、必死に私達に悟られないようにとしている。空元気と言うやつか。
 そして再び荷車に揺られ最初の集合場所まで戻ってきたが、着いた頃には完全に日は沈み、周りの店には仕事が終わったと見られる男でごった返していた。
「あの、フェアさん達はこれから何か予定はありますか?」
 宿へと戻ろうとした時、アスが再び声をかけてきた。
「私達は予定はない……な?」
 他の三人を見るが、彼らも私と同じく風呂以外何も予定はない。
「では、後で飲みに行きませんか? お互いこの状態ですし、風呂にでも入った後にでも」
 それならばと誘いを受けると互いの宿に戻り、体の汚れを洗い落とす。
「ふうー……さっぱりしたな!」
 脱衣所で被毛を乾かしながらラフな格好に着替える。
「いいかシル。飲み過ぎるなよ?」
 私達だけならともかく、彼らにまで迷惑をかける事があれば容赦なくテリの拳が振り下ろされると念を押す。
「わ、わかって……ます」

 先ほど別れ際に決めた場所に集まると、少し遅れてアス達もやってきた。
 彼らも私達のようにラフな格好をしていたが、アスの服の胸元にプリントされている虎柄に言いようの無い違和感を感じる。
「では行きますか!」
 ぞろぞろと近くの居酒屋へと入り……
「かんぱい!」
 アスの合図で一斉に飲み始める。
 最初こそグループで分かれて飲んでいたが、次第にその壁もなくなり各々が好きなように席を移動して飲んでいる。
 テーブルの端ではシルと狼族の確か……バトとか言ったな。別席で絡んでいる訳でもなく普通に飲んでいる様子。
 大人しそうな熊猫族のリギとか言う奴は象族のロムとライと一緒に静かにカウンター席で飲んでいる。
 私とテリはと言うと、アスと一緒に卓を囲っている。
 話す事と言えば愚痴やお互いのメンバーについて。あとは生まれの事など、店が閉まるまで話し合った。
 勿論、あまりにもテリが寄ってくるので、自然と二人の関係もばれてしまったが。
「そうなんですか! うわあ……うらやましいなあ」
 女同士の飲み会の席が隣だった時、同じような台詞が頻繁に聞こえてきた気がする。
 外へ出た私達はそれぞれの宿に戻り、再び明日の仕事まで眠りにつく。
 酒のおかげなのか、テリにも求められずに安心しながら眠りに……
「ぐああおお……ぷすう……」
 今日は一段と鼾が酷い。最近静かだと思って油断をしていた。

 翌日もその翌日も平和なものだった。
 初日に血を撒き散らしたせいなのか野生種は一切近寄って来ず、ただただ暇な時間を過ごして一日が終わるだけだった。
 そして最終日、路面の修復作業も終わり、一泊した翌朝。
「また機会があったら飲みに行きましょうねフェアさん!」
「そうだな。また頼む」
 アス達とも別れ、私達は再びホームであるミリアット街へと戻り、家代わりの宿へと帰宅する。
「やっぱりここのメシは忘れられねえな!」
 夕食を掻き込みながらテリはそんな事を言った。
 確かに旅行者向けの凝った料理よりも、煮物などいつもの料理を食べている方が落ち着く。
「おいテリ、熱でもあるんじゃないか?」
 厨房から慌てふためいて出てきた宿のオーナー。
「俺はいつも通りだ! 言って悪いか」
 久々の食事が妙に新鮮でいつも食べているはずなのにおいしく感じる。

「私からの三日間の礼だ。今日は思う存分飲んで良いぞ」