「ヴァイス」
無意識に出た言葉と同時に、辺り一面を真っ白な光が包み込んだ。

「宏太ー!」
微かにみんなの声が聞こえた様な気がした。
「起きろ!」
誰かが僕の体を揺すっている。あぁ、まだ生きてるんだ。
「大丈夫だよ。僕は平気」
何も見えないけれど、僕は自力で体を起こした。

「ううっ」
誰かが近くで唸っている。直前まで腕を掴んでいた男が起きたようだ。
「ここは?一体どうなってるんだ?なんで宏太がここに居るのだ?」
その気配はゆっくりと僕たちの方へ向かってくる。
「動くな!貴様、止まれ!それ以上近づくな!!」
竜崎さんが威嚇しながら男に警告する。
「ちょ、ちょっと待て!あんたらは一体誰なんだ」
「貴公がした誘拐の真似事を覚えておるだろ」
「誘拐?私がそんな事する訳ないだろ!」
「ふざけるな!藤間をあんな目に遭わせておいて、そんな白々しい事言うな!」
「嘘だ!」
泣き崩れる様に男の気配は小さくなった。
「いくら熊木と血が繋がっていても、今までしてきた事をトボけて逃げられると思うな!」
息を荒げ、竜崎さんが立ち上がろうとしているみたいだった。
「待って」
竜崎さんの服の裾を引っぱり、僕が倒れてから見た事を話す。
歪んでしまった彼の性格を元に戻せる事。そしてそれをすると代償として僕の視力が無くなる事。
「元に戻すと言うか、奴の様子を見てると完全にある時期まで記憶が消去された感じだな」
一同が「うーん」と唸った。

「そんなの嘘だ。そんな力が存在する訳ない!」
いつの間にか部屋に誰かが入っていた。
「…敏幸」
鷲山さんと雫を傷つけ、藤間をさらった張本人か。
「私の全てをCEOのアンタに預けて世界に復讐する筈だったのに、記憶を失った演技で済むと思うのか?」
"カチッ"と言う金属音と共に何かが爆発した様な音が聞こえた。
「うぐっ」
「こうでもしなければ私の気が済まない」
次の爆発音で何か大きな物が倒れる音がした。鉄臭い匂いが僕の鼻を刺激する。
「今すぐ医療チームをここに呼べ!」
竜崎さんが大声で怒鳴る。一体何が起きたんだ?

大勢の足音と共に僕らは病院へと移された。
僕の体を検査し、何が起きたのかや目の事を何回も調べられた。
「我々も力になりたいのですが、彼の視力が戻る望みはもう…」
誰かがドアの向こうで話している。医療スタッフかな?
「…そうか」
"ガラッ"
誰かがドアを開けた。病院の匂いの中に竜崎さんの匂いが微かにする。
「…大丈夫か?」
竜崎さんが、そっと僕の頭に手を置いた。
「えぇ、目が見えなくても皆無事ならそれで良いです」
「そうか」
目が見えなくなったが、竜崎さんが微笑んでいる様な気がした。

あの後、何が起こったのか聞いた。
いつの間にか現れた鴉丸敏幸は持っていた拳銃でCEO…いや、父親を撃った。
何が彼をそうさせたのか分からない。
ただ話を聞いている中で分かった彼の過去。
彼は人から太古から忌み嫌われる『烏』という種族で、生まれた時から両親も親類も居ない天涯孤独だった と言う事。
幸か不幸か、父親の命は無事だったが、鴉丸敏幸は自らの頭を撃ち即死だったと聞いた。
親父の記憶消去は一時的な物では無いらしい。自分が今までした事を聞いた時、凄いショックを受けたそうな。
その事実が表沙汰になると、会社は倒産への道を辿ったそうだ。

「宏太?」
ドアをノックする音と共に、親父の声が聞こえた。
「今まで自分のしてきた事が恥ずかしいよ。私のせいで母さんを死なせてしまった。私なら助けられた筈なのに…本当にすまない!」
「そう言うのは僕に対してじゃなくて、母さんの墓前でしてよ。最後にアンタの名前を呼んで息を引き取ったんだから」
今でも忘れられない母さんが最後に言った言葉。それを伝えると、親父は大声で泣き出した。
「私は全ての人に対して償いをしたい!せめて宏太や竜崎さん達の助けになりたい!」
次の瞬間、横に居た竜崎さんが離れて行った。
「今まで貴方達に殺された人も居ると言う事を忘れるな!俺の仲間が実験に使われるだけ使われて、ボロ切れの様に捨てた事もあるんだ!覚えておけ!!」
竜崎さんが怒鳴ると、ドアを思いっきり閉める音が聞こえた。
「…すまない」
再び僕の横に座る竜崎さん。
「昔何かあったんですね」
「あぁ…大神っつー奴が居てな。俺の同期だったんだが、能力発動した瞬間に奴らに捕まって実験動物扱いされてな。助けを求めようと薬漬けになった体で脱走して、途中で奴らに殺されたんだ」
「その状況って、僕らが最初に見た夢と同じじゃぁ」
「あぁ、俺も最初に聞いた時は驚いた」
少し部屋の中が静寂に包まれる。
「これからも、ずっと家に居ていいからな。親父さんの住む場所はMERGで何とかするから」
「えっ?」
「熊木があの親父さんと暮らしたいなら、そうした方が良いと思うが…ま、お前次第だな」
僕は一つ聞きたい事があった。
「竜崎さんはどっちが嬉しいですか?」
竜崎さんは少し唸り
「俺個人としては俺の側に居て欲しい。勿論、お前が親父さんと暮らす事になっても、時々は面倒見に行く事にはなるだろうけどな」

僕は竜崎さんと一緒に暮らす事を選んだ。
親父はこれからの事で忙しい筈なのに、僕が居ると余計負担がかかるだろうし。
一番の理由は、何故か竜崎さんと一緒に居ると心が安らぐから。

「迷惑かける事が多いだろうけど、これからもよろしくお願いします」




一年後

「おーい!宏太!」
玄関から藤間と雫の声が聞こえた。

「おー」
手探りで壁を触りながら玄関へ向かう僕。
「久しぶりやん!どないしとった?」
「僕は、相変わらずだよ。最近平和だから何もしてない」
「まぁ平和なのが一番いいよね。去年は色々あったし」
「なぁ!お茶ってどこなん?」
キッチンに居る藤間が僕に声をかける。
「えっと、右上の棚のどっか!」

「そう言えば、竜崎さんって何時頃帰ってくるん?」
僕の部屋で雑談をしている三人。
「そろそろ帰ってくるんじゃないかなぁ?ロティックス、今何時?」
”18時44分です”
備え付けのAIが時間を知らせる。
"カチンッ"
それと同時にドアのロックが解除になる音が聞こえた。竜崎さんが帰って来たらしい。
「お前ら来てたのか!あ!それは俺のお気に入りのお茶じゃないか!!高かったんだぞ!」
「別にえぇやん!美味しく頂いてますぅ?♪」
「あはははは!」
帰ってくるなり大騒ぎになる。これが日常茶飯事だ。
数時間後、騒がしい二人が帰った後
「やっと帰ったな。あの二人は新婚夫婦と言うより夫婦漫才やってるみたいだな」
「まぁ、それはそれで二人は楽しんでるみたいけどね」
「そりゃぁ端から見てて飽きないけどなぁ」
喜劇みたいなテンポで結婚した二人だったけど、その表情は凄く幸せそうだった。

「なぁ宏太」
夕飯を食べながら竜崎さんが口を開く。
「ん?何?」
竜崎さんが僕の体に抱きついて来た。

「ありがとうな」


おしまい。