夢を見た…
巨大な影が僕たちに襲いかかる…とても恐ろしい夢…
その影の主には何処かで会っている…そんな感覚だったのを覚えている。

「お…い…おい!どうした!?」
目覚めると、僕の顔を覗き込んでいる竜崎さんが見えた。
枕元にあった時計を見ると午前三時を少し過ぎた位だ…窓を見るとまだ暗闇に包まれたままだ。
「うなされてたが、なにか悪い夢でも見たのか?」
僕は起き上がると全身がぐっしょりと濡れていて冷たかった。
「だ、大丈夫です」
「夢はすぐに忘れてしまうモンだ。あまり気にするなよ?」
竜崎さんはそう言いながら僕に一杯の水を持ってきてくれた。

濡れた下着を着替えながらも夢の事を考えていた。
「気にするな」とは言われたけれど…あの影に対する感覚は忘れられずにいた。

「着替えが終わったら俺についてきなさい」
その言葉通りに、僕は竜崎さんの後ろをついて行くと
街灯に照らされた駅の改札前には
雫・奈々さん・鷲山さん・駒村さんが集合していた。
「あ、もう足は大丈夫なんですか?」
骨折が嘘の様に鷲山さんも立っている。
「うん、熊木くんの力のおかげだよ」

藤間が捕まっていると言われた場所までは電車で行ける範囲だった。
「うわ…話には聞いてたけど…広いですねぇ」
駅から数分歩いた場所に製薬会社の本社は立っている。
「やっぱり警備員が居ますね…」
入り口と思われる場所には二人の警備員が立っていた。
「おい、熊木」
小声で僕を呼ぶ竜崎さん。
振り向くと彼は一丁の拳銃を持っていた。
「念のため持っておけ」
渡されたのは旧式の拳銃だった。
「中身は弱装弾だ。ちゃんと使えるといいが…」


「和樹、準備は良いか?」
竜崎さんが合図をすると鷲山さんが目を瞑る。
「今だ!行くぞ!」
駒村さんの掛け声で僕らは一斉に警備員の居る場所まで走る。
二人とも何事も無いように暇そうに突っ立っていた。
僕らはその間を通り抜ける。
「あの二人って、まさか」
入り口以外全面ガラス張りの建物の中に入り、誰も居ない一室にかけこむ。
更衣室と思われる部屋に入った僕は鷲山さんに、彼らに何を見せたのか問う。
「なにも変わらない景色の『幻覚』を見せておいたから、誰かが横を通ったなんて分ってないよ」
ロッカーの中に入っていた白衣に着替えながら、さっき見せた幻覚を説明してくれた。
「よし!全員着替えたか?」
竜崎さんの声で僕たちは、さっき入ったドアの前に集まる。
「藤間が居るのは最上階らしい。幸いこのビルのセキュリティーはIDカードだけの様だ」

すぐ近くにあるエレベーターに全員乗り込むと、竜崎さんは最上階のボタンを押した。
機械の作動音だけがこの空間に響き渡る…
「おい熊木と獅島…」
竜崎さんが突然口を開く。
「怖いか?」
「い…いいえ」
内心は恐怖で溢れていた。誰か死ぬかもしれない そんな事を前に僕は恐怖を感じずにはいられなかった。
横に居る獅島の体が微かに震えている。彼も同じなんだろうか。

最上階へと昇っている途中で、僕たちが乗っているエレベーターが止まった。
そしてすぐに室内が赤い照明に変わる。
「わっ!!な、何!?」
僕と獅島は同時に声をあげた。
「やはり、見つかったか」
駒村さんが小さく舌打ちをする。
カチッと竜崎さんの手元から音が聞こえ、白い光が辺りを薄らと照らした。
「見ろ」
竜崎さんの持っているライトが照らした先に、監視カメラとエレベーターのメンテナンス用の出口が照らされている
「またすぐに動いて、奴らの前に姿晒す事になるな。出れるか?


「そんな事する必要ないです」
僕はカメラの方を見る。
「声も届いてるんでしょ?CEOに…いや、熊木朝雄に会いにきたんだけど。僕の名前は熊木宏太」
その言葉に皆が一斉に僕を見る。
「ど、どういう事?親父?」
僕は雫の質問に何も答えなかった。
そして、すぐにエレベーターは動き出した。
”最上階です”
無機質な機械音が無音の密室に響く。
ドアが開くと、警備員は居なかった。
僕は先をきってコンクリートの廊下へ進み出すと、後ろから全員ついてきた。

僕は怖くて誰の顔も見れない。
みんなから逃げる様に僕は俯いたまま早足で歩いていた。

廊下の突き当たりにある一枚のドア。
その扉を開けると、ベッドに横たわっている藤間がいる。
そして、CEOの椅子に深々と座っているのは
「十年振りだね。社長さん」
少し白髪の混じりの僕そっくりな男の熊族。
関係を切ったはずなのに、こうしてまた会うとは思っていなかった。
「久々の再会なのに、私を『父』と呼ばないのか?」
彼の低い声…相変わらず嫌な声だ。
「あんたの事、母さんと僕から離れていった時から父親だなんて思ってないよ。それより藤間を…僕の友達を今すぐ返して!」

僕たちが話している間に、雫が藤間の元へゆっくりと歩き出した。
ベッドのすぐ側まで来ると、雫の体が何かに押された様に飛ばされる。
僕は飛ばされた雫を見ると再び目の前の男を睨んだ。
「心配するな。ES(電子シールド)を張ってるだけだ。体に害はない」
「なんでそこまでして藤間をっ
大事な友達を、そこまでして奪おうとする理由を知りたい。
「この女が白虎族と言う事や身体データーと心理データーから割り出した能力は、我が社の発展に欠かせないんだよ」
「どういう事だ!?」
ずっと黙っていた竜崎さんが口を開いた。
「彼女は九割九分の確率で、新種のウィルスを創れる。伝染病の場合、それが外に漏れ出すと…どうなるか分かるだろう?」
ここは製薬会社だ。もしパンデミックが起きている時に抗ウィルスワクチンを発売したら、その薬が売れる。
単純な発想だけど、実際に起きた時の事を考えると恐ろしい。
「今までの実験やこれからの実験を邪魔するなら、血の繋がっている子であろうとも手をかけるつもりだ」
目の前の男が牙を見せながら不敵に笑う。
全ての元凶はこの男だと確信した。

僕が憶えている親父はこんな事しない。
僕が子供の頃、ずっと「私の作った薬で命を救えたら何よりも幸せだ」って言ってた男はこんな事しない。

「うわおぉぉぉぉぉぉぉ!!!雷神よ!我に力を!!」
僕は我を忘れ、大声で叫びながら魔法を放っていた。
景色が滲み、頬には水が伝う感触があった。
「この女を守って自分を守らない馬鹿がどこにいる?」
もう少しで奴の体に触れられる筈の一閃が、見えない壁にぶつかった。
そしてその力は、僕の方へと向かってくる。対魔法は間に合わない。
「いやぁあぁぁぁぁぁ!!!」
甲高い奈々さんの叫び声が部屋に響き、僕は冷たい床に倒れ込んだ。

一瞬、昔の親父の笑顔が見えた気がした。




「なぁ、宏太」
研究室で白衣を着た父親の姿。
「なーに?おとーさん」
父親を見上げる僕。ビール腹で顔がよく見えない。
「今お父さんが作ってるのはな、球欠症を治す薬なんだ」
とても穏やかな声で、試験管をゆらゆら揺らしながら僕を見る。
「きゅうけつしょー?」
「肉球が欠けちゃう病気の事さ。とっても痛いから治す薬を作ってるんだ」
試験管を置き、僕と同じ目線までしゃがみ手を握る父親。
大きくてゴツゴツした手が温かい。
「熊木さん、ちょっとこれ見てもらえますか?」
同じ研究室に居た猫族が父親を呼ぶ。
「ああ!すぐ行くから、ちょっと待ってくれ!」
猫族に合図を送り、再びしゃがんで僕の頭をポンと軽く叩く。
「お父さん、ちょっとあのオジさんに呼ばれたから、部屋の外にいる母さんの所に行ってなさい」
「はーい!」
僕は満面の笑みを浮かべ、外で座っていた母親の元へと駆けて行った。

あの頃の優しい親父に戻って欲しい。

そして景色は自分の部屋に変わった。
「久しぶり」
ベッドに座っていたのは、もう一人の僕だ。
「なんで来たの?」
聞かなくても現れた理由は分かるが、考えるより口が先に動いてしまう。
「僕の事が本当に必要になったと思ったから じゃだめ?」
ベッドから立ち上がり、僕の前に立つもう一人の僕。
「あの男を元に戻せる力があるって言ったらどうする?」
予想もしていなかった言葉が聞こえた。
「え?元に戻せる?」
僕がそういうと、もう一人の僕は頷いた。
「うん、昔の性格に戻せる。今のあの人は欲に目がくらんでる。このままだと全てを失う事になるし、君も今一番大事な『もの』も失う事になる」
全てを元に『治す』という事なのか?
「ただ、これを一度使うと君の目は見えなくなる。その覚悟があるなら…」
「少し考えてもいい?」
その時、頭の中に映像が流れ込んできた。
目の前に倒れている僕と、僕を守る様に倒れている竜崎さんを見上げる映像。
「今ならまだ今までの力で治せる。あんまり時間は無いよ」
僕は少し考える。いや、考えるまでもない。
「分かった。リスクを覚悟をしてでも全てを元通りにしたい」
「本当に?」

僕はただ頷いた。
すると、何も言わずにすーっともう一人の僕が入ってくる感覚があった。
「君は一人じゃないもんね」



目を覚ますと全員が僕と竜崎さんを見ている。
「宏太!良かった!」
横になっている僕の目の前には目を閉じたままの竜崎さん。
「何が、あったの?」
「宏太の魔法を跳ね返された後、宏太を守ろうとして竜崎さんが盾に…でも二人とも」
涙を浮かべながら状況を話す雫。
僕は何も言わずに竜崎さんの体に手を置く。まだ温かくて脈もある。

ーまだ助かる。

全力で竜崎さんの治療を始める。
少しずつ火傷と傷口が消えてゆく。
「うっ、ん」
ゆっくりと目を開ける竜崎さん。そしてその様子を見て安堵する仲間達。
「竜崎さん、ごめんなさい。僕のせいで…」
「気にするな」
力の無い声と手で僕の頭を撫でる。昔親父にされた様に。
「ごめんなさい。この戦い、終わらせるよ」
「何をするつもりだ?」
竜崎さんの問いには答えず、僕は立ち上がり目の前の男を再び睨んだ。
「地獄からの生還か?実験体が増えたんだ、誰も帰さないぞ」
「どうかな。目覚めた僕は今までの僕とは違うよ」
不思議な事に、今までとは違う感覚だ。この状況で怖いと思わない。

そして、目の前で偉そうにしている男の方へ歩き出す。
「涙なんか流して、一体何をするつもりだ?」
僕は何もない。ゆっくりと首を横に振る。
シールドの前に立ち、僕は一言だけ呟いた。
「おとーさん、なにしてるの?」
その瞬間、シールドが歪み消えかける。
「今だっ!」
歪みの間からシールド内に入り込み、男の手を掴む。
「みんな、ありがとう」
僕は振り向き、仲間の顔を見渡す。
雫、藤間、奈々さん、鷲山さん、駒村さん、そして竜崎さん、ありがとう。



「ヴァイス」
無意識のうちに出た言葉で、辺り一面が白い光に包まれた。