自動販売機が数台並んでいる部屋に、僕と雫だけがベンチに座っている。
それぞれが黙って飲み物のカップを手にしていた。
「ねぇ…宏太…」
ずっと俯き加減だった雫が口を開く。
「ん?何?」
雫は一瞬だけ間を置くと
「藤間の事、宏太はどう思ってる?」
僕はその言葉の意味が分らないまま、今の気持ちを伝えた
「僕は…藤間の事、絶対助けたいな。友達だしさ」
助けだせる望みは薄いかもしれない…それでも僕は竜崎さんが僕に言ってくれた
『生きてる望みがほんの数パーセントでもあるなら全員助ける』
その言葉と同じ気持ちだ。
「そうか…友達 だよね」
浅い溜め息をつき、雫はそう呟いた。

暫くすると、その部屋に竜崎さんもやってきて、無言のまま飲み物を買い、僕たちの真向かいに座り込んだ。
「明日行くぞ。場所はK.A製薬の一角だ」
竜崎さんの第一声は藤間の居場所だった。
「……どうしてその場所なんですか?」
唐突に言われた場所に僕は疑問を感じた。
『K.A製薬』と言えば世界で一番シェアの大きい会社だ…なんでそんな所に藤間が…
「俺らみたいな『能力者』には特殊な脳波が出ているらしく、その脳波を感じられる力を持った奴が居るんだ」
そう言うと竜崎さんは、手に持っているコーヒーを一口啜った。
「そ…そうですか…」

「…怖かったら無理に行かなくても良いんだぞ?」
「…えっ?」
ふと竜崎さんを見ると、そこには少し辛そうな表情を浮かべている彼が居た。
「友達を連れ戻したい気持ちは分る。だが助ける分リスクが伴う。その覚悟はあるか?」
一瞬だけ、僕と雫はお互いの顔を見合わせた
「もちろんです!
すると、竜崎さんはふぅ…と溜め息をつきその場に立ち上がり。
「お前達はこういう戦いに巻き込みたくなかったんだが…本当にすまなかった」
彼は僕たちに頭を下げてきた。
「大丈夫ですよ!心配しないでください」
僕は雫の言葉が自分へと向けている様に聞こえた…
「ふむ…すまんな…二人とも」
そして竜崎さんは、手に持っていたコーヒーを一気に飲み干すと
「さてと、俺はやらなきゃいけない事があるから、先に帰ってるぞ」
と言いながら部屋から出て行った。
そして、雫も持っていた飲み物を一気飲みする。
「じゃぁ、オイラも先に行くね」

僕は部屋に残され
『僕の傷を治すだけの力は役に立てるのかな…なんで雫みたいに実戦に使える力じゃなかったんだろ…』
と一人で考えていた。
生々しい夢を見始めてからと言うもの、僕の環境はすっかり変わってしまった。
普通に暮らしてた時には無かった『能力』
生死を賭けなきゃいけないこの状況…
教授だと思っていた竜崎さんの本当の仕事
友達だと思っていた雄大の正体…
考えれば考える程、嫌な気持ちになっていく…
「一人で考え込まないの!」
声のした方に振り向くと、ドアの縁に渋谷さんがもたれ掛かっていた。
「えっ…?」
「そんな顔してたら何考えてるか分るわよ!女は感が鋭いのよ?」
少し口元を緩ませ、渋谷さんは僕の横に座った。
「今までの環境とガラリと変わったから不安なの?」
流石…僕の思っていた事をスッと言い当てた…
「はい…あと、本当に僕の力が役に立つのかなと…」
自分の手のひらをじっと見る…
「私の力ってさ、透明になれるだけなんだよね…最初は『それだけで役に立てるのか』って熊木君みたいな事も考えたんだ」
渋谷さんの言葉に、僕は少し驚いた。
「ただね…なんて言うかなぁー…私は私のやり方でやれば役に立てるんだって分ったら、今まで考えてた事は吹っ切れたんだ。熊木君に見せたやり方なんだけどね。相手に不意打ちをかけるやり方」
そして話は少しずつ本題からズレていく…
「和樹はね、少しヌけてる所もあるけど、結構頼りになるんだよねぇ〜…まぁ、竜崎さんや駒村さんと比べるとまだまだ子供だけどね」
………十分後
「私ね、こういう事ばっかしてるんじゃなくて、普段は熊久保さんのお店で働いてるのよ。確か竜崎さんと一緒に来たよね?その時は私は厨房に居たから二人とも気付かなかったけど、私も働いてたのよ!あの料理を作ったのが私♪」
そして話は最初と話していた事からかなり脱線してしまっていた…

「渋谷さん…」
「ん?な〜に?」
その時の渋谷さんは完全に本題を忘れていた。
かれこれ一時間以上話している気がする…
ずっと組織の事だとか能力の事の話ばかりだったけれど
こういう何気ない会話が凄く新鮮に思えた。
「話聞いてくれてありがとうございました。また、こういう話しましょうね」
「う…うん、そだねぇ〜」
「じゃぁ、僕は先に帰りますね」
持っていた空のカップをゴミ箱に捨て、渋谷さんに一礼する。
「あ、そうそう!これからは『渋谷さん』なんて言わないで『奈々』でいいよ。なんか私、名字で呼ばれるの好きじゃないんだ」
「はい!」
お互いにっこりと微笑むと、僕はその場を後にした。


帰り道、僕は一駅手前で降りて部屋まで歩いてみた。
一人でずっと考えていた時より、奈々さんと話した後の方が気持ちが少し軽くなった。
考えてたって何も起こらない…実際にやってみないと分らないのかな…
玄関のドアを開けると、丁度竜崎さんが風呂場から出て来た。
「す……すみませんっ!!」
タオル一枚の竜崎さんに僕は目を反らした。
竜崎さんも慌てて風呂場に戻って行った。
「か…帰って来たのか!いいぞ先に部屋に入っても…すまんな
「は…はい!」
急いで自分の部屋に入って暫くすると、竜崎さんが部屋に入って来た。
今度はちゃんと自分の服を着ている。
「奈々と話してたのか?」
首にかけていたタオルで頭を拭きながら、MERGで別れてから今までの事を聞いてきた。
「なんで分ったんですか?」
「ん?だって、あそこに残ってたのは奈々と熊木だけだったからな。俺は駒村さんと途中まで一緒に帰ったし」
奈々さんから聞いた訳じゃないみたい…
「なんか、俺と居た時と感じが変わったな…何かあったのか?」
「まぁ…ずっと考えてた事が少し楽になった とだけ」
そう言いながら僕は少し笑った。
「…そうか、まぁいいさ。明日からキツくなると思うから、今日はしっかり休みなさい…この二日間で疲れただろうしな」
竜崎さんは一瞬だけだけど優しい顔を浮かべた。
「はい」
そして竜崎さんは部屋の扉をゆっくり閉めはじめた。
「あ、あの!」
半分くらいまで閉めた所で竜崎さんは手を止めた。
「ん?なんだ?」
「あの…今日、一緒に寝ませんか?一人だと明日の事ばっかり考えちゃって寝れそうにないんで………もし嫌だったらいいんですけど…
「あ…あぁ、俺は別に構わないぞ」
目を点にしながらも竜崎さんは僕の方へ寄ってくる。
「じゃぁ熊木も風呂入ってきなさい。俺が入った後だから少し汚いかもしれないが…」
「あ、はい。じゃぁ行ってきますね」

風呂から上がると脱衣所にはさっきまで無かった僕の着替えが重ねてあった。
竜崎さんがしてくれたんだろうか…不器用な畳み方だ…
僕はその服を着ると、自分の部屋に入った。
しかし、そこには竜崎さんの姿は無かった…
「あれ?竜崎さん?」
「おぉ、こっちだ!」
隣の部屋から彼の声が聞こえる…僕はその声がする方へ向かうと…
竜崎さんが自分の布団に寝そべっている。
「熊木のベッドに二人だと狭いだろ。布団でよければどうだ?」
僕が風呂に入っている間に準備してくれたのだろうか…布団が二組綺麗に並べられている。
「はい…竜崎さんの部屋にはベッドは無いんですか?」
「あぁ、どうもベッドはよく落ちるから苦手でな。布団の方が楽でいいんだ」
「あ、なるほど」

そして僕は竜崎さんの隣の布団に潜り込む…
布団の冷たさが少し心地良い…
「なぁ熊木…」
ふと竜崎さんが僕に声をかける。
「はい、なんですか?」
「…そっちの布団に行ってもいいか?」
「えっ…?」
竜崎さんの言葉に思わず聞き返した。
「実は俺も少し寝れそうにないんだ…何せ自分の教え子の命が掛かってるんでな…少し不安なんだ」
「そうなんですか!?」
その表情に竜崎さんの意外な一面を垣間見た気がする…
「誰にも言うなよ?こういう俺は誰にも見せた事ないからな!」
「ははっ…良いですよ!」
僕は少し笑うと、竜崎さんの居る方の布団をめくった。
竜崎さんは少し顔を赤くしながらも布団に入ってくる。
彼の息が僕の頭にかかる…
「せ…狭くないか?」
「うん、大丈夫ですよ」
「なんか恥ずかしいな…」

竜崎さんの反応が少し面白い。
「…こうすれば狭くないですよ」
僕は竜崎さんに思いっきり抱きついた。
「お…お前?!な…なにやってるんだ!???」
人の温もりと風呂上がりの匂いが、凄く安らげる。

「竜崎さん…」
「な…なんだ」
「明日…絶対に藤間を助けてみんな一緒に…帰りましょう…ね」
次第に意識が遠のいていく…
「あぁ、全員無事に帰ろう な」
微かに竜崎さんの声が聞こえた。