鷲山さんの住んでいるビルに着くと、僕たちは脇目もふらずに彼の部屋へ走っていった。
ドアのノブに手をかけると、カギは開いていた…
「和樹!どこにいる!」
竜崎さんは玄関のドアをあけるなり大声で鷲山さんの名を呼んだ。
部屋の方から玄関まで微かに血の匂いがしている…
「こ…こっちです…」
力ない声が微かに部屋の奥から聞こえてきた…鷲山さんの声だ。

部屋のドアをあけると、壁や床におびただしい量の血が飛び散っている。
その中に横たわっている雫…そして壁にもたれ掛かっている鷲山さん…
「獅島さんなら大丈夫です…攻撃された衝撃で気絶してるだけ…ただ……」
雫の匂いが微かにするが…部屋中どこを探しても彼の姿はない。
「どうして…」
僕はやり場の無い怒りを抑えつながらも鷲山さんの治療を始めた。
「なにがあったのか、話せるか?」
竜崎さんが鷲山さんに問いかける。
「おれ達が…部屋で待機しているとき…く…黒い鳥族が…」
鷲山さんは、なんとか状況を説明しようとするものの…
僕たちが考えていた以上に傷は深い様子だ。
「やっぱり…奴らなのか…?」
すると鷲山さんは「ウン」と頷いた。
「熊木…もう大丈夫だから…少し休みなさい」
竜崎さんの言葉と共に、外からマスクをした人が数人入ってきた。
「あ…あの…彼らは?」
「MERGの医療チームだよ。熊木一人に俺含めて三人の治療を任せたらキツいと思ってな」
僕が力の発動を止めると、彼らは鷲山さんと雫に近づき僕のやっていた治癒の続きを始めた。
「かなり酷くやられた様ですね…傷が臓器まで達してますよ…今の状態では話す事もキツいでしょうね…」
スタッフの一人が鷲山さんの治療をしながら竜崎さんに報告する。
「…スマンかったな…」
竜崎さんの言葉に鷲山さんがゆっくりと首を振る。
「ここで出来る限りの事はしましたが、まだ油断できない状況ですので後の処置は病院で…」
「あぁ、後の事は任せるよ」
彼らは二人を運び出し病院へと向かっていった。
「黒い鳥族…まさか…」
竜崎さんの言葉に渋谷さんが頷く。
「まさか…なんですか?」
「いや、なんでもないよ…熊木」
竜崎さんは僕の問いに言葉を濁す…



-病院-

部屋の後始末をした後、僕たちも二人が搬送された病院へとやってきた。
病室の前では先程部屋にやってきた医療チームの一人が立っている。
「竜崎さん…鷲山さんの容態は落ち着きましたが、骨折が数カ所あったりと…かなり酷くやられた様です…しかも、銃や鈍器で出来た傷ではなく…恐らく『能力者』かと…」
竜崎さんは医師である彼の言葉を予想していたかの様に小刻みに頷いた。
「獅島さんの方は、先程意識を取り戻しましたよ」
医師が不安だった僕を見て微笑む。
「もう話しても大丈夫なんですか?」
「えぇ、鷲山さんと同じこの病室に居ますよ」
僕は急いで病室の扉を開いた。
「あ…宏太…」
壁に沿って三台並んだベッドの扉側に寝ていた雫が僕の方を見た。
「大丈夫?」
「うん、なんか気ぃ失ったみたいだね…」
窓際のベッドに寝ている鷲山さんも僕たちの存在に気づいた。
「ごめん……ちゃんと守れなかった…」
力も入らない状態でなんとか起き上がろうとしている鷲山さん…
「ううん、オイラこそ何も出来なかった」
そんな中、医師の説明を聞き終えた竜崎さんが遅れて病室に入ってきた。
「和樹…調子はどうだ?」
全身に包帯が巻き付けてある状態の鷲山さんに声をかける。
「えっと…体の痛みは大分引いたんですけど…」
少し俯き深刻な表情を浮かべる…
「やっぱり藤間の事が気になるか?」
竜崎さんの問いかけに鷲山さんは頷く。
「今のお前は自分の傷を直す事だけに専念しろ。後は俺たちがやるからな」
「…はい」
「こんな状態じゃ、戦力どころか足手まといだからな」
そう言いながら竜崎さんは包帯を巻いてある足をつっ突いた。
「ああああーーー!!!そ…そこ…骨折してるのにぃぃぃーーーー!!」

みんなが落ち着いた頃、竜崎さんが一人立ち上がる…
「なぁ和樹…」
渋谷さんと話していた鷲山さんが返事をする。
「お前達を襲ったのは…敏幸か?」
その瞬間、二人の表情は険しくなった。
「はい…確かにアイツでした…」
「…そうか…」
三人の様子を見ていた僕は思わず竜崎さんに聞いてみた
「あの…『敏幸』って…誰なんですか?」
少し黙った後…
「本名『鴉丸 敏幸(からすまる としゆき)』…滅んだ『烏』の生き残りなんだが…三年位前までMERGに居た奴でな…ある日突然行方を眩ましたんだ」
竜崎さんの言葉に僕は言葉が出ない…
「敏幸とは仲間でね…よく飲みに連れてって貰ったんだよ」
ベッドに凭れ掛かっていた鷲山さんが竜崎さんの言葉に付け足す。
「まさか組織に寝返ってるとは…」
怒り口調で竜崎さんが呟く…

「熊木…今日は俺と一緒に帰るか?」
誰も口を開かない部屋で僕に話しかける竜崎さん。
「え…でも…」
また誰かに雫達が襲われそうな不安が過る…
「ここならMERGの能力者も大勢居るし、セキュリティもしっかりしてるから大丈夫だから」
それでも僕の不安は払拭されない…
「万が一何か起こっても、すぐに対応出来るだけの体力は今の熊木には無いだろ?きちんと回復する事も大事なんだから」
確かに、初めて複数の人に力を使ったからか少し疲れているし、飛田に撃たれた傷も血は止まっているものの、完全に治りきっていない…
「はい…あ、でも部屋は…!」
そういえば部屋はあれから片付けても居ない事を思い出した。
「さっきMERGの人たちに連絡して、ビジネスホテルを一室取って貰ったから安心しなさい…俺と同じ部屋だがな」
ふと、僕は渋谷さんを見る…彼女はどうするんだろう…
「私なら和樹達の側に居るから安心して。唯一無傷なの、私だけだし」
そう言うと渋谷さんは、空いているベッドに倒れ込んだ。
「蘭さんの救出も重要だけれど、今は体制立て直さないとね…現状は不意打ち喰らってボロボロなんだし…あ、両端の二人に言っとくけど!変な事したらタダじゃおかないからね!」
「…奈々…ムリだから…二人ともケガ人…」



-病院前-

「大丈夫なんですかね?あの三人…」
僕はさっきの不安とは別な不安があった。
「まぁ…あんな事言ってたけど、あいつらは実力だけはあるからな…今回は相手が上手だっただけで…」
確かに渋谷さんの使った『最上級魔法+唱喚破棄』はかなりの技術が必要で、その分威力も普通に唱喚した最上級魔法よりも威力が倍増するとか…
「それよりも、メシはどうする?もう二時過ぎてるから飲み屋しか開いてないぞ」
一日が凄く長く感じる…まだ二時なんだ…
「まぁ、ホテルの近くに行けば何かあるだろうな…」
そう言いながら竜崎さんは自らの翼を広げる。
「熊木…ホテルの近くまで飛んでいくからコッチに来い」
と、翼の傷を確認をしながら僕を自分の方へ呼ぼうとしている竜崎さん。
「今の時間だとタクシーは高いだろ?今月少し財布がキツいんだよ…」
竜崎さんが僕の体を後ろから抱きしめる。
そして、竜崎さんが羽ばたくと同時に少しずつ体が宙に浮き始める…
「熊木…今体重何キロだ…」
「たしか…92キロですけど…」
竜崎さんにしてみたら重いだろうな…
「キツかったら僕、歩いて行きますよ?」
「いや、これくらい大丈夫…!」
少しフラフラしつつも、何とかホテルの前まで着く事が出来た。
「ふぅ〜…久しぶりに飛んだからか少し疲れたな…」
着いた時には竜崎さんは、息を切らしながら汗だくになっている…
「竜崎さんは先に部屋で休んでてください。僕はコンビニで何か買っていきますから」
「あぁ…悪いな」

近くのコンビニで弁当や飲み物を買い、ホテルの部屋に入る…
「グゥゥゥゥゥ………」
部屋の置くから低い唸り声が聞こえてきた。
「竜崎さん、買ってきました…よ?」
僕が見ると、竜崎さんがパンツ一丁でセミダブルベッドを占領していた。
恐らく部屋に入った途端寝たんだろうな…
「…僕どこで寝たら良いんだろう…」
部屋には竜崎さんの寝ているベッド一台だけ…
ベッドの横にはカーペット地の床…

「しょうがないよね…」
僕は溜め息混じりの独り言を漏らすと、バスタオルを布団代わりに床で仮眠する事にした。