長かった一日の翌朝…
床で寝ていた筈の僕は、目を覚すといつの間にかベッドで竜崎さんと並んで眠っていた。
「あ…あれ…?」
まだ微睡んでいる状態ながらも、あれからの事を思い出そうとした。
その少し後で竜崎さんが横で目を覚ます…
「おはようございます…」
「お、おう…」
竜崎さんも目は開けているものの、完全に起きていない様子だ。



「あんな所で寝てたら風邪引くぞ」
バスルームで顔を洗いながら竜崎さんはベッドに座っている僕に声をかけた。
「そ、それは…」
『竜崎さんが大の字でベッドで寝てたんです』
なんて言える筈もなく、曖昧の答えしか言えない…
「トイレに起きたらお前が床に寝てたから、俺がベッドに運んでおいた」
「あ、ありがとうございます」
…気づかれなかったら竜崎さんに踏まれてたのかな?
「まぁ…ベッドに寝転がった後、いつの間にか寝てた俺が悪いんだけどな…」
そう言いながら起きたままの格好をした竜崎さんがバスルームから、タオルで顔を拭きながらやってきた。
「そういえば、撃たれた場所は大丈夫か?」
昨日まで痛かった自分の足を見てみる…
「あれ?治ってる…」
撃たれた所は既に何も無かったかの様になっていた。
「能力者は傷の治りも早くて、一晩あれば軽い傷は治るらしい。熊木の場合、自分にも力を使ったから治りも早まったんだろうな」
そう言われれば、僕が部屋に入った時に少しだけ残っていた竜崎さんの傷も、今では完全に治っている。
「じゃぁ鷲山さんと雫も…」
「ああ…獅島は治ってるだろうが、和樹はまだ数日かかるだろうな」



僕たちは早めにチェックアウトを済ませ、再び二人の入院している病院へと向かった。
病院のロビーから病室へと向かう途中、自販機の場所で見覚えのある後ろ姿が見えた。
「…あれ?渋谷さん?」
僕の声が聞こえたのか、その主は僕たちの方を振り向いた。
「あ!おはよー」
彼女の手にはジュース数本が握られていた。
「あの二人の調子はどうだ?」
後ろから竜崎さんが顔を覗かせる。
「和樹はまだだけど、雫君ならもう大丈夫だと思うよ」
本当だ…竜崎さんの予想していた通りだ…
「雫君は昨日倒れた時に頭打ったらしいから、二人が帰った後に精密検査して異常が無かったから、今日退院だって」




「じゃぁ俺達は先に行ってるからな」
雫が着替えを済ませると鷲山さんと渋谷さんを残し、病室を出る。
「うん、私たちもすぐに行くからね」
前日の疲れが少し残っているのか、いつもと比べて少し元気が無い渋谷さんの返事…
「あ、そうだ!奈々にこれを渡しておく」
何かを思い出したかの様に、竜崎さんが懐から取り出した一本の瓶を投げた。
「…ありがとう」
渋谷さんはその瓶のをキャッチする。中身は市販の栄養ドリンクらしい。


病院を後にした僕たちは、MERGのあるビルまでやってきた。
「もう生体認証の登録は済んでるから、いつでも来れるからな」
エレベーターに乗りながら、竜崎さんはそんな事を僕に言った。
やがてエレベーターのドアが開くと、竜崎さんよりも遥かに大きな体格の犬族の男が目の前に立っていた。
「二人は無事なのか?」
その低く渋い声の男性が竜崎さんに声をかけた。
「あ…ああ、もう大丈夫だ」
「そうか…」
犬族の男性は、それだけを聞くと引き返して行った。
「竜崎さん…誰ですか?」
僕は竜崎さんの服の裾をクイクイと引っぱり、男性の正体を聞く。
「あぁ、熊木には紹介してなかったか。あの人は『駒村 要一(こまむら よういち)って言うんだ。この組織を始めた中の一人だ」
「へぇ〜…あ、始めた中の一人って言うのは…?」
僕は竜崎さんから誰も居ない部屋へ通される
「十数年前彼が能力に目覚めたと同時に、同じ境遇の人が五人が彼の元へ集まった。それがこのMERGって言う組織の始まりなんだ」
部屋のドアを閉めたと同時に、組織の始まりを口にし始めた。
「じゃぁ、その駒村さん以外の五人も居るんですか?」
僕の言葉で竜崎さんの表情が変わった…
「いや…今生きているのは駒村さんだけだ。他の人は全員能力を利用される為に捕まえられたり、戦いの途中で死んでいった」
「すみません…」
竜崎さんは首を横に振る。
「いや、俺も最初に目覚めた頃に一回だけ聞いた事だからな…他の奴には黙っておけよ」
僕が頷くと、ふぅ…と軽く溜め息をついた。


「竜崎さん…」
僕はなぜか急に、あの病室での様子が頭を過った。
いつもはあの中に藤間が居ない事に寂しさを覚えた。
「ん?なんだ?」
考えれば考える程、藤間があの中に居なかった事や
ベッドに寝そべってる時に一瞬見せる、雫の悲しそうな表情が頭に浮かんでは消える。
「竜崎さんは藤間の事…助けに行きますよね?」
「あぁ、勿論だ」
竜崎さんの言葉に、少し安心した。
みんなが『見捨てる』と言っていても、僕一人でも助けに行く気持ちだった。
「誰も見捨てない…生きてる望みがほんの数パーセントでもあるなら全員助ける!その気持ちは、ここに居る全員同じなんだぞ」
「ただ…今の状況でやみくもに行っても、状況を悪化させるのは間違いない…」

歯を食いしばり、竜崎さんは組織に対する怒りをあらわにしていた。


「戦力なら、もう一人増えたわよ」

声のした方を向くと、そこには…
「もう、大丈夫なのか?」
顔の数カ所に絆創膏を貼っている雫と、看病疲れが少し残っている渋谷さんがドアにもたれ掛かっていた。
「えぇ!和樹ももう少しみたいだから安心して」
「そうか!よかった」
僕も嬉しくなり、思わず雫に飛びついた。
「ちょ…宏太…お…重いし…少し痛い」
「ごめんごめん」


そして、喜ぶ時間も程々に全員席についた。
「ところで奈々…さっき『戦力なら、もう一人』と言ってたが…あれはどういう事だ?」
「…雫君、さっきのもう一度見せてみてもらっていい?」
渋谷さんの合図に雫は「うん」と頷き席を立つ。
暫く目を閉ざし、小声で
「水の力よ…我の手に宿れ」
今まで使っていた唱喚呪文とは違う言葉を唱えた。
すると、雫の手に水の玉が作られていった。
さらに彼の瞳が金色から青へと変化してゆく…
「お…おい…」
雫の瞳が完全に青…藍色に変わると、手にしていた水の玉も変化を起こす。
まるでスライムみたいに伸び、一本の棒へ…そして日本刀の形へ変化した。
「これがオイラの能力で…実際に切れるようになってる」
手にした刀を振り回すと、目の前にあったパイプ椅子を真っ二つにした。
僕と竜崎さんはその威力に圧倒され、何も言えなかった…
「ふぅ…」
雫が溜め息をつくき、瞳の色が元に戻ると
手にしていた水刀は一気に床に溢れ、普通の水に戻っていた。
「雫君…椅子切っちゃったらダメでしょ」
「あわわ…ごめんなさいっ!!」
能力を見せてくれた時には凛々しく見えた雫…
普通に戻ったらいつもの雫だった。